平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

月村了衛『土漠の花』(幻冬舎)

土漠の花

土漠の花

 

 ソマリアの国境付近で、墜落ヘリの捜索救助にあたっていた陸上自衛隊第一空挺団の精鋭たち。その野営地に、命を狙われている女性が駆け込んだとき、自衛官たちの命を懸けた戦闘が始まった。一人の女性の命を守ることは自分たちの国を守ることでもあった。絶え間なく降りかかる試練、窮地、想定外。無残な死にひれ伏すか? 紙一重の生を掴みとるか? 極限状況の中での男たちの確執と友情。人間としての誇り――。一気読み必至! 本年度最大の問題作。(粗筋紹介より引用)
 『パピルス』2014年2月号~2014年8月号に「ソマリアの血、土漠の花」のタイトルで連載。改題、加筆修正し、2014年9月、単行本刊行。2015年、第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。

 

 『機龍警察』シリーズで人気作家となった作者の協会賞受賞作。ソマリアで活動していた自衛隊の一団のところへ、別の民族との争いで逃げてきた女性を助けたことで攻撃を受け、70km離れた活動拠点まで戻ることができるか、戦い続ける。
 現場の苦労を知らない政治家や市民活動家たちなどによって振り回されている自衛隊の在り方だが、彼らが命を懸けて活動にあたっていることは間違いない。しかし、正当に評価されていないことも事実だろう。とはいえ、本書の書き方はちょっと表層的というか。その気になれば、もっと問題点を浮き彫りにすることもできただろう。あえてエンタテイメントに徹しようとしたのか、やや軽い書き方になってしまっているのは残念だ。また逃走中の戦闘シーンも今一つ。人間関係のやり取りも、あえて感動的にしようというような描写となっている。あれだけの過去を抱えているのなら、もう少し闇の部分も書くことができたのではないか。結局助け合いました、だけではつまらない。それになぜ助けに来ないのか、という点が最後にさらっとだけ書かれている点も疑問。そりゃ当事者たちには背景などわからないだろうが、もう少し絡めることも可能だったのではないか。
 確かに一気読みできる作品ではあるが、テーマのわりに背景も内容も描写も軽さが残っているのが不満に思った。逆にその軽さが、一気読みできる要素を構成しているという気もするが。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html

「死刑確定囚リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。
 忙しいのだが、何もする気が起きない状態。空笑いだけがうまくなっている気がする。
 なんとか時間を取ることができたので、更新しました。今年はないと勝手に思っていましたが、他の重大事件や出来事に紛れてさらっと執行しましたね。再審請求中だったかどうかはわかりませんが、執行されても文句は言えない事件であったし、犯行に手を染めていること自体に疑いはない二人を選んだな、という印象。そもそも、もっと早く執行されていてもおかしくなかった二人だったとも言えるわけですが。

連城三紀彦『流れ星と遊んだころ』(双葉文庫)

流れ星と遊んだころ (双葉文庫)

流れ星と遊んだころ (双葉文庫)

 

  傲岸不遜な大スター「花ジン」こと花村陣四郎に隷属させられているマネージャーの北上梁一は、ある夜、一組の男女と出会う。秋場という男の放つ危険な魅力に惚れこんだ梁一は、彼をスターにすることを決意。その恋人である鈴子も巻きこみ、花ジンから大作映画の主役を奪い取ろうと画策する。芸能界の裏側を掻い潜りながら着実に階段を上る三人だが、やがてそれぞれの思惑と愛憎が絡みあい、事態は思わぬ展開をみせる――。虚々実々の駆け引きと二重三重の嘘、二転三転のどんでん返しが、めくるめく騙しの迷宮に読者を誘う技巧派ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)
 『小説推理』1997年6月号~1998年6月号連載。2003年5月、双葉社より単行本刊行。2014年2月、文庫化。

 

 連城らしい、凝った作品だなというのが読み終わったときの感想。主な登場人物は北上梁一、秋葉一郎、柴田鈴子の三人。華やかな芸能界の裏側にある、虚々実々な駆け引き。映画界の新たなスター誕生に隠された真実。
 これがなんとも読みにくかった。いや、文章自体はうまいんだけど、登場人物が嘘つきばかりで騙しあっている。さらに一人称になったり三人称になったりと入れ替わる意図が最後になるまでわからなかった。終盤になって思わずあっと叫んでしまい、さらに騙されてしまうのは、作者ならではの巧みさだろう。ただ、個人的にはちょっと苦手。
 なんか、芸能界という虚構の輝きを、さらに嘘で塗り固めて仕上げた作品。ちょっと回転させると変わってしまう万華鏡のような作品。ただ、作者の技巧を知っていないと、鬱陶しいと思ってしまうんじゃないかとも思ってしまった。

北重人『夜明けの橋』(新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

 

  首都建設の槌音が響く江戸の町。名の聞こえた武辺の人でありながら、訳あって脱藩した父を持つ宗五郎は父の死後、町人となり刀の目利きで生計を立てていた。ある日、父の旧知へ刀を届ける道中、行く手を不穏な侍たちに囲まれる(「日照雨」)。日本橋建設に紛れ込んだ少年吉之助が、蠢く時代の中で見たものとは(「日本橋」)。移り変わる世にあって、運命に挑む群像を捉えた連作短編集。(粗筋紹介より引用)
 「日照雨」「梅花の下で」「与力」「伊勢町三浦屋」「日本橋」の5編を収録。『小説新潮』2008年8月号~2009年8月号に断続的に掲載。2009年12月、新潮社より単行本刊行。2012年5月、新潮文庫化。


 かつて阿波蜂須賀家に仕え、浪人となった父と同様に刀の目利きをし、刀屋の伏見屋に婿入りして町人となった宗五郎。雨の中、刀を届けている途中で荷車をよけたとき、旗本奴の縹組の天野蔵人にぶつかってしまい、因縁を付けられる。「日照雨」。
 小田原北条氏が滅んだ後、江戸で炭屋となった澤井屋世右衛門。武士時代の仲間である菅九兵衛が訪れるも、髷は乱れ袴に血がついている不審な様子。戦国時代の昔話をしていると、さらに当時大道寺家で一緒に仕えていた當麻平三郎が訪れた。「梅花の下で」。
 元は武士で今は吉原の用心棒を務める大道寺三五郎は、火付盗賊改役の木次藤兵衛に頼まれ、最近世間を騒がしている火盗を捕まえる手助けしてほしいと依頼される。今回の件が首尾よくいけば、与力に推挙したいとのこと。武士の家の出で、元遊女の妻、おあんはいい話だと喜ぶ。「与力」。
 元は北条氏に仕えた武士であった三浦屋五郎左衛門は、北条氏滅亡後百姓になるも、重い年貢に耐えかね、江戸で商人となった。塩物を取り扱い、今では繁盛している。毎日のように変わっていく江戸の町を、五郎左衛門は筆で書き留めていく。『慶長見聞集』を遺した三浦浄心を扱った「伊勢町三浦屋」。
 十三の吉之助は、父が乱で討たれた後独りで江戸に流れ着いた。日本橋普請の現場にたどり着き、飯を食べさせてもらいそのまま働くこととなった。橋奉行の大工頭である用賀兵蔵に見込まれ、家来である犬養喜惣次に吉之助は使えることとなった。「日本橋」。


 いずれも開府間もない江戸の話を書いた連作短編集。作者の構想によると七編で完結する予定だったが、作者が急逝してしまった。江戸という町が急激に発展していく姿を描いた短編だが、それとは別にかつては武士だった者たちのその後の姿を描いた作品集でもある。戦国の時代が終わり、新しい時代を築こうというエネルギーが溢れる作品が多いが、武士を辞めた者たちの悲哀を描いた作品もある。そのどちらもが、江戸という町に包括されていたのだろう。新しい時代へ進むものと、残されるもの。その味わいが作品世界を彩っている。
 一番好きなのは、「日本橋」。建築家であった作者の知識が十分に生かされた一品だろう。橋づくりを描いた作品がほかにあるのかは知らないが、珍しいことは間違いないだろうから、長編でも読んでみたかった。
 どの作品も味わい深い。もっと作者の作品を読んでみたかった。

タイガー戸口『虎の回顧録 昭和プロレス暗黒秘史』(徳間書店)

虎の回顧録 昭和プロレス暗黒秘史

虎の回顧録 昭和プロレス暗黒秘史

 

  日本プロレス所属時に片道切符、シューズ、トランクスだけ持って渡米し「ヒール」としてアメリカン・ドリームを実現したレスラーがいた。だが、彼はジャイアント馬場の策謀で全日に引き戻され3番手に甘んじ、金銭トラブルを理由に新日に移籍。その後、再渡米しWWFに参戦ホーガン、シュワツェネッガー、ドナルド・トランプらと知り合う。「レスラーは個人事業主」の信念の元、今なおマットに立つ戦いの半生が、プロレス界の秘話とともに明かされる。(粗筋紹介より引用)
 構成は原彬。2019年2月、刊行。

 

 タイガー戸口の自伝。実際はタイガー戸口にインタビューして答えたものを原彬がまとめたのだろう。そのため、すべて会話口調になっている。
 生まれから日本プロレス入団、海外遠征、日本プロレス崩壊、全日本プロレス参戦、新日本プロレス移籍、WWF参戦、その後といった構成である。
 全日本プロレスのころから見ているせいか、タイガー戸口という名前よりはキム・ドクという名前のほうがしっくりくる。大木金太郎と組んでインタータッグを取ったころが全盛期だったと思う。当時はジャンボ鶴田のライバルで、鶴田と60分戦った試合は名勝負だったらしい(あまり覚えていない)。タイガー戸口と改名してからはいつの間にかスケールダウンしてしまうし、新日本に移籍してからも今一つで、はっきり言ってしまうと使い捨てにされたイメージしかない。その後のWWFではジョバーだったせいで活躍したイメージはないが、5年も所属していたのだからそれなりに評価はされていたのだろう。
 この人はビッグマウスだったことで有名で、しかも毒舌。本書でも馬場や鶴田、それに新日本の悪口がいろいろ書かれているが、ある程度は納得できるものであり、逆に言えば冷たく扱われる存在でしかなかったともいえる。カブキやナガサキに比べたら海外で華々しく活躍したイメージもない。
 上から目線に辟易するところはあるものの、それでも当時の海外プロレス事情は読んでいて面白い。特にWWFステロイド事情は実際に体験しているから言える内容も結構ある。確かにこのころ、不自然に太っていたような。全日本プロレス時代はいい体をしていたのに。
 このところ、海外で活躍していたレスラーの自伝を何冊か読んだ。やはり当時はよかったという内容のものが多い。時代が変わり、プロレスの世界も変わった。しかしリング自体は変わらない。プロレスはプロレス。いつまでも追い続けたい。