平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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伊吹亜門『焔と雪 京都探偵物語』(早川書房)

 大正の京都。伯爵の血筋でありながら一族に忌み嫌われる露木の病弱な体は、日々蝕まれていた。だが祇園祭宵山も盛りの頃、露木は鯉城に出逢う。頑強な肉体の彼が、外の世界を教えてくれたから、心が救われた。その時から、露木は鯉城のために謎を解く。それが生きる証…… ある日、鯉城は女から恋人のふりをしてほしいとの依頼を受けるが、恋に取り憑かれた相手の男が月夜に女の家に付け火をし、自らに火をつけて焼死したと聞く。男は猟銃を所持していたが、なぜ苦しい死を選んだ? この事態に悩む鯉城のため、露木はあまりに不可思議な男の死の理由を推理する。 その他「鹿ヶ谷の別荘に響く叫び声の怪」や「西陣の老舗織元で起こる男女の愛憎劇の行方」など、京都に潜む愛と欲の情念はさらに渦巻き、鯉城と露木の二人は意外な結末に直面する。 『刀と傘』で「ミステリが読みたい!」ベストミステリ1位を獲得した著者が仕掛ける、驚愕必至の連作本格探偵ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2023年8月、書下ろし刊行。

 材木商・小石川市蔵は依頼を終えた元京都府警察部刑事の探偵・鯉城武史へ、最近買った鹿ヶ谷の山荘に正体不明の化物が出るので、寝ずの番を依頼する。鯉城は探偵事務所の共同経営者で、貴族院主流派の領袖である露木種臣伯爵の落胤である露木可留良にそのことを話すと、まるで妖怪「うわん」みたいだと言う。夜の気配が漂うころ、鯉城は人影のない家の中で不思議な声を聴く。さらに夜中には人影と遭遇。翌日、事務所から電話で報告した市蔵に山荘で会いたいと言われた鯉城だったが、その山荘で市蔵は書生とともに死んでいた。第一話「うわん」。
 鯉城は行きつけのカフェの女給・花枝より、幼馴染で18歳の事務員・蓮沼裕子が会社の先輩で二十代半ばの滑川に付き纏われているので、恋人の代わりをして追い払ってほしいと依頼される。デートの待ち合わせ場所で遭遇した滑川を追い払ったまでは良かったが、その日の夜、裕子の家が放火され、裕子の祖母が煙を吸って病院に運ばれた。そして滑川は自分の家の庭で油を被って火をつけて自殺した。第二話「火中の蓮華」。
 西陣の織元の社長・久能与一より、妻・智恵子の不貞を調べてほしいと依頼された鯉城。特にそのような事実はなかったが、妻が社長の実弟・久能欣二の出張の見送りをしていたと報告した途端に社長は顔色を変えた。数日後、鯉城は報告書を届けようとして、三人が殺されているのを発見した。第三話「西陣の暗い夜」。
 油屋町の金貸し、唐木ミヨ松という老婆が押し込み強盗に惨殺された。豆腐屋の倅として豆腐を届けている鯉城はその日の午後10時ごろの買い物帰り、ミヨ松を見かけていたのだが、ミヨ松は午後8時30分に殺されていたという。鯉城が会ったのは幽霊だったのか。露木視点で生まれから鯉城との遭遇、そして現在に至るまでを語る第四話「いとしい人へ」。
 老舗薬舗の阿武木薬業は、九代目である社長・阿武木幸助が商いに向いていないものの、妻の志都子のおかげで業績を伸ばしていた。鯉城は志都子よりとある会社の現状を調べてほしいと依頼された。しかし鯉城は三日前、ビアホールで志都子と遭遇していた。調査が完了し、感謝された鯉城は創立百五十周年パーティーに招待される。その式典で幸助が毒殺された。第五話「青空の行方」。

 舞台は大正時代の京都。探偵鯉城武史が持ち込んだ謎を、貴族ご落胤で病弱の露木可留良が謎を解くという連作短編集。京都を舞台にした作品が多い作者だが、本書もその一つ。
 大げさなトリック等があるわけではなく、事件を取り巻く人たちの心の中の謎を解き明かす趣向。推理部分が弱いと思いながら読み進めていたが、作者はその答えを用意していた。過去にもある趣向であるが、切ない余韻を残す終わり方で小説として面白い。この作者は余韻が本当に巧いと思う。
 ただ本格ミステリとして読むと、謎解きの軽さは否めない。もっと強烈な事件が欲しかった。もっと強烈なホワイダニットが欲しかった。
 本格ミステリの部分がもう少し強かったら、傑作と呼んでいたかもしれない。どちらかと言えば女性読者の方が喜びそうな内容ではあるが、私も実は嫌いではないので、是非とも続編を書いてほしい。そう思わせる佳作であった。