平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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シヴォーン・ダウド『ロンドン・アイの謎』(東京創元社)

 十二歳のテッドは、いとこのサリムの希望で、巨大な観覧車ロンドン・アイにのりにでかけた。テッドと姉のカット、サリムの三人でチケット売り場の長い行列に並んでいたところ、見知らぬ男が話しかけてきて、自分のチケットを一枚ゆずってくれると言う。テッドとカットは下で待っていることにして、サリムだけが、たくさんの乗客といっしょに大きな観覧車のカプセルに乗り込んでいった。だが、一周しておりてきたカプセルに、サリムの姿はなかった。サリムは、閉ざされた場所からどうやって、なぜ消えてしまったのか? 人の気持ちを理解するのは苦手だが、事実や物事の仕組みについて考えるのは得意で、気象学の知識は専門家並み。「ほかの人とはちがう」、優秀な頭脳を持つ少年テッドが謎に挑む。カーネギー賞受賞作家の清々しい謎解き長編ミステリ!(粗筋紹介より引用)
 2007年6月、イギリスで刊行。2008年、アイルランドのビスト最優秀児童図書賞(現・KPMGアイルランド児童図書賞)受賞。2022年7月、邦訳刊行。

 

 作者のシヴォーン・ダウドは1960年、ロンドン生まれ。オクスフォード大学卒業後、国際ペンクラブに所属し、作家たちの人権擁護活動に長く携わる。2006年、"A Swift Pure Cry"でデビュー。ブランフォード・ボウズ賞とエリーシュ・ディロン賞を受賞。本作品は二作目で、作者はこの2か月後、乳癌で亡くなっている。その後、未発表のYA作品が次々に刊行され、2009年にカーネギー賞を受賞。2012年にも原案作品がカーネギー賞を受賞している。
 主人公のテッドは作中で「症候群」などと自分のことを言っているが、訳者あとがきによるとアスペルガー症候群(今では自閉スペクトラム症と呼ばれる)ではないかとのこと。たまには喧嘩もあるが、両親も姉のカットもテッドのことを愛しており、そしてテッドも彼らを愛している。
 事件の謎そのものは、観覧車ロンドン・アイに乗ったはずのいとこのサリムが消えてしまった、という単純なもの。ただ消えた謎だけでなく、どうして消えたのか、そしてどこへ行ったのかという謎が加わり、事件は混迷していく。
 テッドは謎に対する八つの仮説を挙げる。中には大人が聞いただけでバカバカしいと怒り出す物もあるが、あっという間に組み立てできるテッドの頭脳はたいしたもの。そしてなんだかんだ言いながらテッドの言葉を信用し、まずは行動に移す姉のカットも素晴らしい。時には大人との壁を感じながらも、事件に挑む二人の姿は読んでいて楽しいし清々しい。
 読み終わってみると、事件の伏線が丁寧に張られていることに気付く。テッドの推理の過程も子供らしいたどたどしさはあるものの、論理的である。本格ミステリとしての骨格はしっかりしており、主要人物に悪人がいるわけではないので、読後感は非常に良い。今年の収穫の一冊といってもいいだろう。本作の続編を、本作品の序文を書いたロビン・スティーヴンスが完成させたとのことなので、楽しみにしたい。
 ただ、大人が薦めそうなYAという気がしなくもない。嫌な言い方をすれば、いい子ちゃん過ぎる作品。まあそれは、作品の価値には何の関係もない話だけれど。