平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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紫金陳『悪童たち』上下(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 優等生の中学二年生、朱朝陽(ジュー・チャオヤン)のもとに、孤児院から脱走してきた昔馴染みの少年丁浩(ディン・ハオ)とその〝妹分″の普普(プープー)が訪ねてくる。行く当てのない二人をかくまうことになり、当初は怯えていた朝陽だったが、しだいに心を開いていく。山に遊びに行ったあと、カメラで撮影した動画を見返していたとき、彼らはそこに信じがたい光景が映り込んでいたことに気づく。人が崖から突き落とされる場面が……衝撃の展開に息をのむ華文サスペンス(上巻粗筋紹介より引用)
 それは完全犯罪のはずだった――妻の実家の財産を狙う張東昇(ジャン・ドンション)は、登山に連れ出した義父母を事故に見せかけて殺すことに成功する。だがその光景を偶然、朱朝陽(ジュー・チャオヤン)たちのカメラがとらえていた。彼らはある事情から、自分たちの将来のために張東昇を脅迫して大金を得ようと画策するが……。殺人犯と子供たちの虚々実々の駆け引きの果てに待ち受ける、読む者の胸を抉る結末とは? 中国で社会現象を巻き起こしたドラマ化原作小説。(下巻粗筋紹介より引用)
 2014年、発表。2021年7月、邦訳文庫化。

 作者は中国の人気作家。本作に登場する元捜査官の大学教授、厳良(イエン・リアン)を主人公とした〈推理之王〉シリーズ三部作の第二作目。中国で配信直後に10億回突破したサスペンス・ドラマ『バッド・キッズ 隠秘之罪』の原作。
 シリーズ2作目とあるが、厳良は張東昇の大学時代の恩師であるにもかかわらず、事件の解説役程度でしかない。1作目はどんな活躍をしたのだろう。
 夏休みのある日、成績は学校でもトップだが、両親が離婚し、母に引き取られて貧乏生活である中学二年生の朱朝陽のもとに、孤児院から脱走してきた小学生時代の親友である丁浩と、妹分で2歳下の普普(夏月普)が訪れ、仲良くなる。3人は遊びに行った山で、張東昇が義父母を事故に見せかけて殺害するところをカメラで撮影。丁浩と普普が孤児院に戻らなくて済むように、3人は張東昇から大金を強請ろうとする。一方、張東昇は何とかして証拠のカメラを奪い取ろうとする。
 子供たちが殺人者と対峙してやりこめるだけの作品かと思ったら大間違い。読者が予想もしていなかった展開が次から次へと待ち受ける。起きる事件の内容だけを見たらとんでもなくダークな作品で、ノワールと言っても間違いないのだが、朱朝陽と丁浩と普普のやり取りがやっぱり子供だなと思える部分もあり、救いにもなっている。いや、読み終わったらそんな単純な感想にはならない。とにかく驚いたとしか言いようがない。ノワールなのに何となくスカッとした気分になるのも不思議なのだが、それは登場人物に感情移入したからかもしれない。子供たち3人と張東昇との丁々発止なやり取りが、子供が悪い大人を懲らしめているように見えているところがあるからかもしれない。
 よくよく読むと、警察が手を抜きすぎ、証言を簡単に信用しすぎなのだが、そんなことを感じさせないぐらいにストーリーのテンポがいいし、人物造形や心理描写が的確だし、展開が面白い。複数の事件の絡ませ方もうまいし、収束に向かうまでのスピード感には感心。中国社会らしいやり取りもあるせいか、途中のいじめシーンや警察の手抜きについてもそんなものだろうと思ってしまうのはちょっと偏見かもしれないが、納得してしまった。
 それと、登場人物のすべてにフリガナがついているところに感心。これは非常に読みやすかった。そんな細かい配慮も、作品を面白くさせた理由の一つである。
 張東昇という人物は、もしかしたら朱朝陽が成長したらなっていたかもしれない人物像の一つではないか。普普は結婚したら、朱朝陽の父親である朱永平(ジョー・ヨンピン)の二人目の妻である王瑶(ワン・ヤオ)のようになったのかもしれない。そんな中国社会の歪みが生み出した、登場人物たちだったのだろう。
 華文ミステリの傑作。ここまで来たら、シリーズの他の作品も読んでみたい。