平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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北重人『夏の椿』(文春文庫)

夏の椿 (文春文庫)

夏の椿 (文春文庫)

天明六年。江戸が大雨に襲われた日、甥の定次郎を何者かに斬殺された旗本の三男坊である立原周乃介は、その原因を調べるうちに、定次郎が米問屋柏木屋のことを探っていたことを知る。柏木屋の主人、仁三郎には暗い陰が見え隠れしているようだ。核心に迫りだした周乃介の周りで不審な事件が起きはじめた。(粗筋紹介より引用)

2004年、第11回松本清張賞最終候補(受賞作は山本兼一火天の城』)。応募時タイトル『天明彦十店(げんじゅうだな)始末』。改題、加筆修正のうえ、2004年12月、文藝春秋より単行本刊行。2008年1月、文庫化。



作者は1999年、「超高層に懸かる月と、骨と」で第38回オール讀物推理小説新人賞を受賞している。松本清張賞の最終候補作となるも惜しくも受賞できなかったが、選考委員だった伊集院静大沢在昌の強い推薦により出版された。しかもタイトルを付けたのは、伊集院静である。

読んでみると、これが本当に面白い。なぜこれが受賞できなかったのか、不思議なくらい(受賞作は読んでいないので、比較できないが)。

主人公は、旗本の妾腹の子ということで家を出ている三男坊の立原周乃介。刀剣の仲介、道場の師範代、そして世の中の揉め事の処理で生きている。住んでいるのは元鳥越、鳥越明神のそばにある彦十店(げんじゅうだな)。舞台は田沼意次から松平定信に実権が移る直前。甥の定次郎が惨殺されたことを知り、定次郎が探っていた米問屋柏木屋のことを探っていくうちに、事件に巻き込まれていく。

この作品のすごいところは、江戸の長屋を舞台にした人情話があり、越後までの旅話があり、悪徳商人を追いつめる捕り物があり、そして凄腕の剣の闘いがあり、恋物語話があり……それらが絶妙なくらいブレンドされていて、一つの長編として成り立っている点だ。なぜこれだけの枚数で、こんな濃い内容の作品が書けるのだろう。とても新人が書いた作品とは思えない。しかも味わいがあって、どことなく切なくて……。

ここの所、作者の作品を少しずつ読み進めているのだが、本当にすごい。傑作ぞろい。派手ではなく、地味に見えるところもあるが温かみがあって、登場人物が際立っている。誉めてばかりだが、誉めるところしかないのだから仕方がない。なぜ出版当時、こんな傑作を読み落としていたのだろう。これからも少しずつ読んでいこう。