平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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リチャード・ニーリィ『殺人症候群』(角川文庫)

殺人症候群 (角川文庫)

殺人症候群 (角川文庫)

生来内気で、仕事にも女にも引っ込み思案のランバート。すべてにおいて積極的で自信に満ち溢れたチャールズ。対照的な二人の男を結びつけたのは凄まじいまでの女性への憎悪だった。ランバートを愚弄した女性を殺害したチャールズは、やがて"死刑執行人"と名乗る残虐で大胆な連続殺人犯へと変貌していく――。殺人犯の歪な心理のリアルな描写と衝撃の結末。鬼才ニーリィによるサイコ・サスペンスの傑作。(粗筋紹介より引用)

1970年、発表。1982年2月、角川書店より邦訳刊行。1998年9月、文庫化。



評論家、瀬戸川猛資が名著『夜明けの睡魔』で絶賛していたニーリィ。『ミステリマガジン』で読んだ時は購入することができず、買おうと思った時にはすでに絶版になっていたのでどうしようもなかった。解説の千街晶之も同じようなことを書いていたが、そのような読者も多かったのではないか。角川文庫から出たときはすぐに買ったのだが、読むのは今頃。まあ、買っただけで満足してしまうということだ。

折原一が大好きといっている時点でどのような作風かだいたい予想がつくというものだが、本作品もサイコ・サスペンスに仕掛けを施したもの。そういう意味では、日本でこのような作品が出てくるよりかなり早く、はっきり言えば先駆者である。もし綾辻行人が出版されてすぐに本作が訳されていたら、大絶賛されていたのではないだろうか。日本の読者から見ると、早すぎた作家である。

本作は1938年にチャールズ・ウォーターが犯した連続殺人を綴ったもので、なぜ作者がそんな古い事件を取り上げているかは、最後まで読めばわかるようになっている。『ニューヨーク・ジャーナル』広告勧誘員家具付き部屋担当のランバート・ポストと、中途入社で同居するようになる同じ家具付き部屋担当のチャールズ・ウォルターの視点が交互に語られる。それと同時に、事件を追う同じ『ニューヨーク・ジャーナル』の事件記者、モーリー・ライアンの視点が挟まれる。

ランバートは内気で臆病、ウォルターは派手な自信家。女性にバカにされたランバートの代わりにウォルターは復讐するため悪戯を仕掛け、遂には手にかけてしまう。そしてウォルターは次々と殺人に手を染めるようになっていく。このランバートがバカにされる描写や、ウォルターの殺人の描写が妙にエグイ。この辺が当時の日本の読者に受け入れられなかった点ではないだろうか。

事件の真相は、ちょっと勘のいい人ならすぐにわかってしまうだろう。それでも読んでいて引き込まれてしまう展開の巧みさはなかなかのものだし、エンディングまでの流れは洒落ている。なぜ当時、もっと評判にならなかったのか、不思議で仕方がない。もし『このミス』があったなら、もっと売れていたんじゃないだろうか。単行本で出たという点も、あまり読者が手に取らなかった原因かもしれない。何とももったいない作家だった。