平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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清水一行『風の骨』(集英社文庫)

風の骨 (集英社文庫)

風の骨 (集英社文庫)

成りゆきから、腰掛け気分で大分の地方新聞に勤めた池島淳一。酒と女にはからっきしだらしないが、でっかいスクープで中央復帰の野心に燃えている。その彼に菅生村の駐在所爆破事件という格好のネタが舞い込んだ。現場百遍の取材を続け、真犯人を追っていくうちに、これは警察による権力犯罪だと確信していく。実際の事件に基づくノンフィクション・ノベル。(粗筋紹介より引用)

1977年、双葉社より刊行。1981年、角川文庫化。1992年、徳間文庫化。1998年、集英社文庫化。



粗筋紹介を読むだけでは、無頼な新聞記者の活躍を描いた作品のように見えるし、確かにそのような作品ではあるのだが、取りあげられているのは実際に起きた「菅生村派出所爆破事件」である。

『風の骨』の主人公である池島淳一は、私生活はだらしなくても、スクープを取ろうと躍起になっている新聞記者である。朝日新聞社の記者として警視庁詰めを担当していたが、西部本社勤務を命じられ、小倉に転勤。レッドパージで追放されて朝日新聞社を退職し、仲間と自らタブロイト判の北九州新聞を月1回で発行。米兵の無法ぶりを糾弾する記事を書き続けたが、1年後にMPに捕まり、殴る蹴るの暴行、さらに拷問を受けた。2か月後、サンフランシスコ講和条約プレスコードが消滅したため、免訴、釈放となった。その後別府へ流れ、現在は豊後日日新聞の社会部に勤めている。この辺の設定も、時代を感じさせるものである。

菅生事件で市来春秋の正体を暴いた記者たちには、1958年8月15日、第1回日本ジャーナリスト会議賞が授与されている。この時表彰されたのは、共同通信特捜班の7名、大分合同新聞の記者、大分新聞の記者、ラジオ東京の職員、RKB毎日の職員の面々である。文庫版の解説で井家上隆幸は、大分の記者のどちらかがモデルではないかと予想している。もっとも池島は、女にだらしないというか、もてまくるというか、立ち寄る先々で女を作ってしまうのだから大したもの。池島は結末で、賞を手にして東京復帰を企むも、立ち寄る先々で断られてしまう。「一度レールをはずれた人間は、どうあがいても、所詮そのレールには戻れないんだ」という言葉は、あまりにも現実感がありすぎるのだが、平等だの人権だのを旗頭にしているマスコミが言っちゃいけないだろう、などとも思ってしまう。もちろんこれはフィクションだが、実際その通りなのだろう。

取り扱っている事件はともかく、作品は通俗ハードボイルド風味に仕上がっている。破天荒な、しかし正義感あふれる新聞記者の活躍ぶりをお楽しみ下さい、といったような感じの作品だ。だったら、何も現実の事件を取りあげなくてもいいのにとは思ってしまう。そういう意味ではちょっと残念な作品でもある。