- 作者: 五十嵐均
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1997/08
- メディア: 文庫
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
1994年、第14回横溝正史賞受賞。同年5月単行本化。1997年8月、文庫化。
作者が夏樹静子の実兄ということで、縁故入賞と一部で揶揄された作品だが、クイーンに長年師事していたこともあり、達者な筆ではあった。
副題にDデイとあるとおり、作品の舞台裏にあるのは第二次世界大戦における1944年のノルマンディ上陸作戦。戦後、欧州で実権を握りたいと考えるスターリンの命により、上陸作戦の場所と日時をドイツに流そうとするソ連人スパイ、グレチコ大佐。しかし接触したドイツ人将校ハンス・ツヴァイク少佐はすでにドイツの敗戦を予想し、ドイツがソ連の共産主義に支配されることを恐れ、情報を握りつぶすことを決意する。軽井沢に疎開していた前駐和蘭大使伏見莞二の娘敦子のところでピアノを教わりながら情報を交換し合う二人。ハンスと敦子はいつしか愛し合うようになるのだが、ハンスは敦子のいる場でグレチコを殺害し、二人は死体を隠す。グレチコの失踪を知ったソ連は再度ハンスに接触するが、証拠となる写真がないことからハンスは情報がデタラメであると上司に話してしまう。かくして上陸作戦は成功するが、ソ連側は日本政府を通じてグレチコの捜査を依頼し、ドイツは上陸作戦の情報を政府に上げなかったとハンスを追求する。
登場人物が限られていることもあるが、歴史をひっくり返すような題材を扱っている割には、テンポがよすぎる。もっと重みのある書き方をしてもよいのではないだろうか。逆の言い方をすれば、非常に読みやすい。登場人物も最低限に抑えているし、流れるような展開は読者を飽きさせない。結果オーライな部分も多いのは欠点のような気もするし、50年後の再会後の展開はドタバタ過ぎる気もするが、いずれもリーダビリティを考えての結果だと好意的に解釈したい。
ただ、これミステリじゃないよね、と言いたくなるところはある。戦争を舞台にしたラブロマンスでしかないからだ。殺人の動機も、国家を想っているようで実は自分の好きなようにしたいという独りよがりなものでしかなく、少なくとも美化されるようなものではないだろう。特に50年後の敦子の行動については、とてもじゃないが共感できない。
仕上がり自体は悪くないし、文章も読みやすいし、受賞しやすい作品であることは間違いない。ただ、新人賞ならではのフレッシュさや冒険心はなく、題材の大きさの割には小さくまとまった感は否めない。