平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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水上勉『爪』(カッパ・ノベルス)

小石川初音町の兄の家に住む笹本暁子は、兄嫁に出かけてくると言い残し、そのまま帰ってこなかった。20日後、暁子は琵琶湖で殺人死体として発見される。暁子は近くの旅館に男性と夫婦と偽って泊まりに来ていたが、暁子の周辺を調べてもそのような男性は出てこなかった。ただ、兄が死体の身元確認で滋賀へ出かけている途中、兄が商う洋品店に二人の外国人が現れ、兄嫁に「アキコサンニアイタイ」と言ってきた。さらに「タケスエジュンコサン、シリマセンカ」と問いかけた。竹末順子が、暁子の故郷である足利市での同級生で友人であることが分かった。順子は定時制高校を中退して東京へ出て、外国人相手のオンリーをしていた。ところが、順子は千葉県でバラバラ死体となって発見された。暁子と共通するのは、爪に塗られた赤いマニキュア……。富阪警察署の曽根川刑事は、事件の謎を追う。

1960年12月、カッパ・ノベルスより刊行。



水上勉が売れっ子となっていたころに書かれた社会派推理小説。戦争の傷跡がまだまだ残っている時代という点を考慮しないと、今ひとつピンとこないところがあるかもしれない。そうでないと「事件が外国の兵隊に囲われねば生きてゆけなかった女の貧しさに端を発している」という言葉の意味がわからないだろう。

ただ、「推理」小説という点の面白さはほとんどない。事件が発生し、刑事が発見された新事実と勘に従って動くうちに犯人の姿が見えてくるだけである。その背景に社会的な問題があるというのが社会派推理小説らしさであるとはいえるが、こういう小説を夢もロマンもないとばっさり切り捨ててしまいたくなるのもわからないではない。

被害者の同僚とかがいて、もっとページを費やすことができれば、社会への訴えとなるような問題小説とはなったかもしれない。多分、そこまでの深みを持たせる余裕がなかったのだろう。言ってしまえば、この頃に量産された社会派推理小説の一つである。それだけ。