平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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大山誠一郎『仮面幻双曲』(小学館)

仮面幻双曲 (小学館ミステリー21)

仮面幻双曲 (小学館ミステリー21)

昭和22年11月20日、東京で探偵事務所を開いている川宮圭介と奈緒子の兄妹は、北陸線K駅に降り立った。紡績会社を経営している占部文彦の身辺警護が、二人の依頼された内容であった。文彦の一卵性双生児の弟である武彦が、昨年12月に町を飛び出し、東京で整形手術を受けた後、医師を殺害して行方をくらました。武彦は工場の女子行員と付き合っていたが、中傷する手紙がばらまかれ、彼女は自殺した。武彦は、文彦が横恋慕したあげく手紙をばらまいたと信じ込んでいるのだ。自殺した日は11月20日。二人は部屋の前で警護をしていたが、武彦は殺害されていた。進入路は窓しかない。犯人は武彦ではなく、文彦の知人なのか。そして3日後、新たな殺人が発生した。

ホームページ小学館eBOOKSおよび携帯で配信されていた作品に大幅加筆訂正。



前作『アルファベット・パズラーズ』があまりにも酷かったので、新作を読むつもりはなかったのだが、ネットでは結構評判がいいので手に取ってみた。先に結論をいうと、突っ込みどころが多すぎる。

時代背景の描写がどうも腑に落ちないところがあるとか、会話が現代調だとか、登場人物の顔や姿が全く浮かんでこないとか、話の流れが単調だとかいった部分は、本格ミステリを語るうえでは些細なところらしいから、指摘するだけでとどめておこう。私としては、魅力的な人物が出てきたり、物語として読むことができる作品の方が面白いと思うし、物語が面白ければ推理に少々矛盾があったって気にならないのだが、本格ミステリを評価するには筋違いらしい。

本作の魅力となると、やはり最後の解決編ということになる。様々な箇所に張られた伏線が、結末で怒濤のように語られる解決で全て明らかになるのは、本格ミステリの醍醐味である。ただ、肝心の殺人方法や警察の捜査などに矛盾を感じてしまうと、全く楽しむことができないことになる。推理で得られるカタルシスを売り物にしている作品だから、その結末に矛盾を感じてしまうともうダメ。ちょっと冷静に考えればわかることばかりなのだから、もっと中身を見直してほしい。

作者はたぶん謎解きの面白さというのはわかっているだろうから、あとはもう少しトリックが実行可能かどうか頭のなかでもう少し練り直してから文章を書いてほしい。そうすれば、評価点がもっと高くなるのだが。



それでもって、以下は疑問に感じたところ。ネタバレです。疑問点はもっとあったような気もするが、とりあえずこれだけ。


武彦のカルテが残されていた時点で、「武彦は整形をしていない=文彦と同じ顔のまま」というのが簡単にわかってしまったんだよね。そこから、一番目の事件のトリックはすぐに予想が付いてしまった。普通の犯人だったら、カルテを持ち去るよ。もっとも、武彦がその前にも整形手術をしているというのは推理できなかった。

ただ、写真だけはぎ取ったカルテを残したら、警察は武彦を重要参考人で追うよね。住所を残さなかったとはいえ、武彦の名前は本名なのだから、戸籍を調べれば簡単に兄の存在などわかるはずなんだけど。戦争で当時の戸籍謄本などが失われてしまったとはいえ、名士である文彦なら、きっちりとした戸籍を作り直しているはず。警察は兄に文彦がいることまでわかっているのだから、すぐに文彦のところに辿り着くだろう。

それに武彦はカルテの写真を貼り替えているけれど、「無理矢理はぎ取った」という描写が出てくるから、写真は糊でべったりと貼り付けられていたのだと思われる。そんな写真を貼り替えようとしたなら、写真にしわが出たりするだろうから、疑問を持つ人もいるんじゃないか。

二番目の殺人の前に、犯人である貴和子は通夜の前に文彦の首と両手首を切り取るのだが、貴和子が行為に及んだ時間はわずか10分。誰が考えたって、無理だろう。包丁で野菜を切るのとは違うぞ。それに死後2日以上経っているから返り血はないかもしれないが(実際はあると思うんだけどね)、死体を切り取ったら血が流れるはず。その処理はどうしたのだろうね。血の匂いをごまかすのも大変だと思うが。

同じ二番目の殺人(正確には三番目になるのか)で、死体の入れ替えトリックがあるのだが、これも10分で終わらせるのは相当厳しいだろう。どちらも中肉中背としか書かれていないが、女性が男性の死体をトランクから出すだけですぐに10分が経ってしまうと思うのは私だけだろうか。

二番目に殺害された立花が、実は武彦だった。この作品の大きなトリックの一つである。だけどねえ。三日前には一緒に住んでいる女中なども騙してしまうくらい顔がそっくりな立花だよ。解剖の時点で、顔がそっくりだというのがわかってしまうんじゃないかい? 同じ人が解剖しているんだから、気付かない方がおかしいって。