平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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笹本稜平『マングースの尻尾』(徳間書店)

マングースの尻尾

マングースの尻尾

武器専門のセールスマン、戸崎真人は部屋で目を覚ましたとき、拳銃を自分に構えている女性と出会った。武器の買い付けに関してはEU圏内一の目利きであり、横領罪で服役した後にパートナーとして手を差し伸べてくれたラファエル・ポランスキーの娘、ジャンヌだった。戸崎はジャンヌから、ポランスキーが殺害されたと聞かされる。しかも、犯人は戸崎だと。ジャンヌを説得した戸崎は、ある男から留守電のメッセージがあったことを聞かされる。二人の知人、DGSE(フランス対外保安総局)の大物、アントワーヌ・リシャール。通称「マングース」。はっきり言えば、敵だ。戸崎はジャンヌとともに、マルセイユにいる元傭兵、アラン・ル・ティグレ・ピカールを訪ねる。ある情報を入手した三人は、コモロ諸島のムワリ島へ向かった。「マングースの尻尾」。

ヒースロー空港に着いた戸崎を迎えたのは、MI5(英国保安局)北アイルランド部長のアレックス・ドッドウェル。彼が見せた写真には、戸崎が正体を知らないまま立ち話をしたジョナサン・マクレガー、IRAきっての武闘派が写っていた。イギリスに来た理由を説明し、何とか釈放してもらった戸崎だが、偶然にもジャンヌがオックスフォードに来ていることを知る。さらに取引先から、DGSE西ヨーロッパ部長に異動したマングースが、IRAにちょっかいを出していることを聞かされる。「ベルファストの棘」。

ここ1週間、戸崎はサン・ジェルマン・デ・プレでジャズを聴いていた。テロ支援国家であるシリア政府へミサイルを輸出するために、フランスの裏ルートを熟知しているマリアンヌと接触するためであった。なんとかマリアンヌと接触し、商売は成立することとなったが、そこへモサドイスラエル対外諜報機関)パリ支局長の辣腕工作員、アリエル・ヤリフが横槍を入れてきた。ヤリフの影にマングースがいると知った戸崎は、報復としてマングースの商売畑を荒らし始めたが、マングースは逆襲をしてきた。「シャモニーの墓標」。

マングースとの闘いに決着をつけるため、戸崎はある男に協力を求めることにした。その男の名は檜垣耀二。世界でも屈指の傭兵で、しかもマングースに恨みを持っていた。檜垣の指示に従い、接触するために戸崎はベトナムへ飛ぶ。マングースを殺害するため、檜垣と戸崎は罠を仕掛ける。「残夢のディエンビエンフー」。

戸崎との攻防戦で相当消耗したマングースは、ベルリンに在住するある男とビジネスを始めているらしい。しかもそれは、核兵器に関する技術や製品の可能性がある。マリアンヌから情報を入手した戸崎は檜垣、ピカールと手を組み、単身モスクワへ飛ぶ。「モスクワ決死行」。

尻に火がついたマングースは、スーツケース型核爆弾<オレンジ・ボックス>の取引に手を出す。情報を入手した戸崎、檜垣、ピカールはニースへ飛ぶ。そしてそこにはジャンヌの姿も。「シャンソン・ダムール」。

「問題小説」に掲載された、連作短編集。



謀略・冒険小説の新星、笹本稜平の新作は、大物工作員と武器商人との攻防戦を書いた連作短編集。もともとは「マングースの尻尾」単独で発表し、続編は考えていなかったものと思われる。他誌への連載があったからかもしれないが、一作目である「マングースの尻尾」は2004年4月号に掲載されたが、次の「ベルファストの棘」は2005年5月号に掲載されている。その後は2ヶ月おきに発表された。一作目と二作目にある時間の空白は、掲載当初は連作の構想は頭になく、その後に連作として書き続けたと考えて間違いはないだろう。

連作を考えていなかったという推測は、一作目「マングースの尻尾」からも伺える。この短編は実に勿体ない。アイディアを盛り込みすぎて、ページ数が足りなくなったとみえ、展開があまりにも急すぎるのだ。戸崎やジャンヌの心情、さらにマングースの背景などもじっくり書き込めば、長篇としても十分成り立つアイディアがぎゅうぎゅう詰めに押し込まれている。ページ数が足りないから、本来なら書きたいはずの描写が短いセンテンスでぶつ切り状態のまま並べられており、読者が物語の中身に追いつくことができない。

その後、構想をしっかりと温め直したせいか、二作目以降はテーマがしっかり決まっており、実にのびのびと書かれている。アイディアと文字数のバランスがきっちりと保たれているのだ。そこに作者の成長の跡も見られる。ピカール、マリアンヌ、檜垣といった魅力的なキャラクター。マングースが少しずつ追いつめられていく様子。知力を振り絞った攻防戦。短いページ数ながらも過不足ない、魅力的な物語が並べられている。

『太平洋の薔薇』で大ホームランを飛ばした笹本稜平であったが、『グリズリー』は大きく飛んだがフェンス手前で失速した外野フライ、『極点飛行』は大振りだが当たりそこねの外野フライといった状態で、ファンとしてはフラストレーションが溜まっていた。本作はピッチャー返しが決まったヒットといったところだろうか。面白いのは間違いないのだが、作者に求めるのはやはりスケールの大きい謀略・冒険小説である。ここのところ書き急ぎの感があるので、ここらで腰を据えてほしいと思う。