平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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笹本稜平『恋する組長』(光文社)

恋する組長

恋する組長

探偵事務所を開いている「俺」のもとを訪れるのは、やくざと、やくざよりタチの悪い悪徳刑事ばかり。「極道は飯の種」と割り切って、今日も探偵家業に精を出すが、あまりにも奇妙で無茶な依頼が持ち込まれて……。風変わりな事件を、軽快な筆致と生き生きとした人物描写で書き上げる、極上のハードボイルド探偵小説、登場!(帯より引用)

年始明けで5日ぶりに立ち寄った事務所には、あこぎな街金を営んでいる男が部屋の真ん中でぶら下がっていた。しかも過去に因縁のある相手だから始末が悪い。アリバイも根石、悪徳刑事のゴリラには目を付けられる。そこへ死んだ男の女房が現れて、犯人であるはずの実の息子を高飛びさせてくれと依頼してきた。「死人の逆恨み」。

地場の暴力団山藤組組長が泣きながらおれに電話をしてきた。飼い犬がいなくなったので探してほしいという。電話番の由子とともに探索を始めるおれ。見つけた犬が入り浸っていた家は、ひとり暮らしの老婆で、しかも事故で死んでいた。一件落着かと思ったら、1週間後再び組長に呼び出された。犬が加えていたのは人間の頭蓋骨だった。「犬も歩けば」。

山藤組の若頭、近眼のマサが消息を絶った。組長の命令でマサを探すことになったおれ。ところが由子がマサを偶然見掛けていた。隠れているラブホテルの部屋に押し掛けると、そこにあったのは別人の男の射殺死体。あわてて逃げ出したおれたち。マサが見つからないので、手がかりを探しに部屋へ戻ると、そこにいたのはマサだった。「幽霊同好会」。

悪徳刑事のゴリラこと門倉が、おれの事務所にやってきた。門倉の妻であるフィリピン美女の愛が、まずまず知られた油絵画家と浮気しているかもしれないので、調べてほしいというのだ。調査を開始したが、浮気らしい様子は見あたらない。ところがその画家から門倉へ名指しで依頼をあった。最新作の絵が盗まれたらしい。「ゴリラの春」。

近眼のマサが由子に縁談を持ってきた。相手はIT関係の会社社長でカジノ解禁論者。しかも郷里のS市で選挙に出馬する予定であった。そして地場の血縁関係を深めるために調べているうちに、由子が清和源氏の血筋を引く血統書付のお姫様であったことを調べたらしい。そこで由子の身辺を綺麗にするというのが、おれへの依頼ということだ。「五月のシンデレラ」。

ゴジラが入院することになった。実際はただのポリープなのだが、本人はガンだと思いこんで沈み込んでいる。そんなある日、橋爪組の組長がおれに依頼を頼んできた。偶然見掛けて一目惚れした女性の身元を探って気持を伝えてほしいというのだ。その女性というのが、ゴジラの恋女房、愛ちゃんだった。「恋する組長」。

小説宝石」に掲載された、連作短編集。



名前のない私立探偵ものを読むのは久しぶり。昔はよくあった設定だが、最近では珍しいのではないか。しかも依頼主が暴力団の人たちに特化されているのも魅力的だ。

最初の「死人の逆恨み」は割とスタンダードな話だが、その後は結構凄い。組長の飼い犬探し、幽霊探し、フィリピン妻の浮気調査、IT社長妻候補の身辺整理、組長の一目惚れ相手探しなど、極道相手なのに笑ってしまう話ばかりである。そして調査の結果で巻き込まれてしまう事件と、その結末も意外性がありなかなかのもの。「軽快で洒脱なハードボイルド探偵小説」という帯の言葉に偽りはない。

冒険小説ばかりでなく、最近は警察小説など色々なジャンルを書くようになった作者だが、こんなお洒落なハードボイルドが書けるとは思わなかった。ベストには選ばれないだろうが、個人的には大満足。私立探偵小説が好きな方以外にもお薦めしたい。