- 作者: 笹本稜平
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/05
- メディア: 単行本
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6月上旬、奥秩父を代表する花であるシャクナゲが、父が発見したシャクナゲの群生地である「天上の花園」から盗まれた。プロの仕業と見た亨は、群生地に赤外線センサを取り付けた。別の小屋から、行方が確認できない女性の登山者がいるという。母に聞くと、その高沢美由紀という女性は昨日、母が経営する麓の旅館に予約なしで泊まったという。遭難ではなくて一安心した亨だったが、二階に飾ってあったシャクナゲの群生地の写真をじっと見つめていたと聞き、不安になった。「花泥棒」。
高沢美由紀が梓小屋で働くようになった。客からの不満や苦情が少なくなり、リピーターが増え、夏場の繁忙期を過ぎても客足は順調であった。さらに元ウェブデザイナーの腕を活かしてHPを新しくし、アクセス風も増えた。料理レシピにも載っていない、美由紀のひらめき料理も好評であった。そんな9月のある日、登山客のダブルストックで荒れた路肩を直している途中、ガレ場で白骨死体を見つける。過去の行方不明者に該当する人物はないが、事件性はなさそうだった。そして数日後、梓小屋へ宿泊を予約していた84歳の男性が、夜になっても到着しなかった。「野晒し」(「野晒しの秋」改題)。
登山シーズンも終了し、山から下りてきた亨たち。亨と美由紀は、母の民宿で働くのだが、ゴロさんは今年も東京周辺へ戻って野宿生活に入るという。打ち上げをしようと民宿まで来たが、ゴロさんが脳梗塞で倒れた。宿泊客で、山小屋の常連でもある医者の処置により、病院へ運ばれたまではよかったが、医者が勧めるtPA(血栓溶解剤)療法をゴロさんは拒絶する。「小屋仕舞い」。
結局ゴロさんも民宿で働くようになった3月後半。今日下山して旅館に泊まる予定だった3人のパーティが、二つ玉低気圧による吹雪と積雪により、身動きが取れなくなった。梓小屋の隣にある甲武信小屋まで辿り着いたとの連絡が亨に入り、一安心。しかし、パーティの女性の夫が交通事故で重体になっているという連絡が入ったため、夜になって好天を理由に下山しようとする。亨は擬似好天だから動かないようにと説得し、パーティも了解したのだが、女性は一人で山を下り始めた。「擬似好天」。
ゴールデンウィークが近づき、小屋開きの準備をしていた亨とゴロさんと美由紀。そこへ小屋に猫がやってきた。雪の残る山へ登るはずもなく、まだ客がいるわけでもない。さらに夕方、荷物の間にうなだれていたのは小学校低学年の女の子。一人で来られるような場所では無いのにと不思議がる亨たちであったが、なんと彼女と猫は小屋へヘリコプターで運ばれた荷物の中に隠れていたのだった。宮原真奈美と名乗る少女は、猫のこと以外は何もしゃべろうとしない。ヘリポートはバスも通らない辺鄙な場所なのに、なぜそんなところへ行ったのか。「荷揚げ日和」。
『オール讀物』2009年6月、9月号、2010年2月、6月、9月、12月号掲載。2011年5月、単行本化。
最近は山岳冒険小説と警察小説を主に執筆している笹本だが、本作は奥秩父の山小屋を舞台にした連作短編集。毎回事件は発生するが、冒険やハードボイルドといった要素はなく、山における人間ドラマを主体とした作品に仕上がっている。
山の魅力を伝え、山における触れ合いの魅力を伝え、山で生きる人たちの魅力を伝える。一人一人の言葉が時に軽やかで、時には重く、そして真実を突いてくる。読み終わってよかったなあ、と思える作品に全てが仕上がっている。山には癒やしがあるのだろうね、きっと。奥秩父という、どちらかと言えばメジャーでは無いところを舞台として選んだことも、本作の良さの一つとして加味されている。
ただし、主人公に都合よく展開が回りすぎだろう、という批判はされても仕方が無いかも。毎回小さな事件は起きるものの、終わってみれば前より良くなってばかりというのはどうだろう。短編だからなのかも知れないが、どれも綺麗にまとまりすぎた感はある。
それでも、もう一度会いたい、そう思わせる登場人物たちばかりであった。亨と美由紀がどうなるか、さあ、これからというところで単行本が終わっている。当然続きがあるのでしょう、と作者に言いたくなった。それぐらい、続編が待ち遠しい作品である。