平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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笹本稜平『時の渚』(文春文庫)

時の渚 (文春文庫)

時の渚 (文春文庫)

元刑事で、今はしがない私立探偵である茜沢圭は、末期癌に冒された老人から、35年前に生き別れになった息子を捜し出すよう依頼される。茜沢は息子の消息を辿る中で、自分の家族を奪った轢き逃げ事件との関連を見出す……。「家族の絆」とは何か、を問う第18回サントリーミステリー大賞&読者賞ダブル受賞作品。(粗筋紹介より引用)



笹本稜平といえば、冒険小説・謀略小説の旗頭ともいうべき存在であるが、笹本名義の処女作である本書は、意外にも私立探偵小説である。ある老人からの人捜しの調査と、自らが刑事をやめる原因ともなった家族への轢き逃げ事件の調査が交互に進行していき、そしていつしか二つの調査が重なり合うという、私立探偵小説の王道ともいうべき構成になっているが、そこはくせ者、笹本稜平。意外な展開をいくつも用意し、読者を翻弄する。そして問われる「家族の絆」とは何か。不覚にも最後は、涙をこぼしそうになった。感動の一冊である。タイトルよりも、表紙に書かれている「THICKER THAN BLOOD」が心に染みてくる。

この人の魅力は、物語の巧みさだけではない。調査の課程で出逢う人々の暖かさが実に生き生きと書かれている。豊島区役所のアヤちゃん、ペンション鬼無里の由香里、元シャブ中の西尾などはもっと他の物語でも出てきてほしいと思わせる魅力的な人物である。何よりも素晴らしいのが事件の依頼人である松浦武三だ。最初はただの老いぼれ爺さんかと思ったら、どうしてどうして。最後は涙ものである。こんな素晴らしい科白をはけるようになりたいものだ。

構成力、人物描写が素晴らしく、アクションや時代性なども巧みに盛り込み、最初から最後までだれることなく読ませる感動の傑作。これほどの作品を、なぜリアルタイムで読まなかったのだろう。実に悔しい。これほどの傑作をスルーしていた自分が情けない。今からでも遅くない。是非とも手にとってほしい一冊だ。