平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

犯罪の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
 「死刑や犯罪についての雑記」にある「高齢死刑囚」を更新。執行ないし病死等があった場合に更新をしているが、今回は年初めに伴う更新。76歳以上の死刑囚を載せているのだが、今回の更新で3人追加。今年中に76歳を超えるのは他に2人いる。何のための制度なのだろうか、とは思ってしまう。
 リストを見直していて今頃気付いたが、大濱松三死刑囚が現在94歳6月。帝銀事件の平沢貞道元死刑囚の95歳2か月をあと8か月、(計算ミスをしていなければ)8月25日で超えてしまうことになる。確定後は全くといっていいほど消息が聞こえてこないが、今年はさすがにマスコミが大騒ぎするだろう。死刑制度に関する議論が拡がるかもしれない。

フレデリック・フォーサイス『帝王』(角川文庫)

 灼熱の太陽が照りつけるモーリシャスの沖、そいつは緑色の海水の壁を破って飛びだした。500kgを超える伝説のブルーマルリン、“帝王”がフックにかかったのだ! 渾身の力を込めて巻きとられるリール、必死の逃走を試みる巨魚…8時間に及ぶ壮絶なファイトの果てに、“帝王”を釣った男に訪れた劇的な運命の転換とは――?
 冒険、復讐、コンゲーム…短編の名手としても定評ある著者が“男の世界”を描き、小説の醍醐味を満喫させる、魅力の傑作集。表題作ほか7編収録。(粗筋紹介より引用)

 1982年、ロンドンで発表。同年、邦訳単行本刊行。1984年5月、文庫化。ただし、「殺人完了」「ブラック・レター」は『シェパード』(角川文庫)に収録されているため、本巻からは外されている。

 

 老人の家を強制撤去すると、暖炉の壁から死体が出てきた。しかし警察の取り調べにも、老人は一言もしゃべらない。「よく喋る死体」。
 バンゴー市でインドから留学していた医学生は、もぐりの家屋解体業でアルバイトをしていたが、虐待を受けたため復讐を誓う。1982年、エドガー賞短編部門受賞。「アイルランドに蛇はいない」。
 小悪党のマーフィーが時間と金をかけて計画した、極上のフランスのブランデー750ケースの強奪。荷物はフェリーから降ろされ、トレーラーで運ばれてきた。「厄日」。
 詐欺に加担したかのように新聞に書かれたビルは、新聞社と記者に抗議をするも無視される。名誉棄損で訴えようと弁護士に相談するも、時間と金ばかりかかって無駄だと諭された。しかしビルは『英国法』を読み、復讐の手段を思いつく。「免責特権」。
 資産家のティモシー・ハンソンは、癌の苦痛に耐えきれず自殺。弁護士は残された親族の前で遺言状を開く。「完全なる死」。
 カミン判事は四時間の汽車旅の中、車室で一緒になった貧相な小男、神父とマッチ棒を掛け金代わりにポーカーを始める。「悪魔の囁き」。
 フランス、ドルゴーニュ地方の田舎で私の車はついに動かなくなった。妻と私は、小さな村の中年女の家に泊めさせてもらうことになった。作者のアイルランドの友人が体験した実話とのこと。「ダブリンの銃声」。
 勤める銀行の報奨制度で、モーリシャスでの一週間の旅行と休暇を与えられた支店長マーガトロイド。同行者は恐妻エドナと、同じ報奨を得た本店勤務の若者ヒギンズ。ヒギンズに誘われ、エドナに黙ってゲーム・フィッシングに出かけたマーガトロイドは、“帝王”と呼ばれるブルーマリンにヒットする。「帝王」。

 

 フォーサイスというと大長編のイメージしかなかったのだが、この短編集はどれを読んでもひねりが利いていて面白い。多岐なジャンルを楽しむことができ、どれも読者を満足させるものばかりである。小説が巧い人は、やはり短編を書ける人だと改めて思い知った。
 「帝王」の結末には思わず喝采を挙げてしまったし、「アイルランドの蛇はいない」の結末の不気味さには背筋が寒くなった。「完全なる死」の騙しのテクニックにも感心した。一番面白かったものを挙げろと言われれば、迷うことなく「免責特権」と答えるだろう。この痛快な復讐劇は、大きな権力に虐げられてきた弱者が留飲を下げること、間違いなしだ。
 これは読まないと損をする短編集。絶版状態の今頃にこんな書き方をするのも恥ずかしいが、傑作なのだから仕方がない。これは復刊すべき、それだけの価値がある一冊である。

今年一年、有難うございました

 今年は月10冊読了のノルマ達成。お笑いスタ誕も月2回更新できたのでホッとしています。

 本を読むのもしんどくなってきましたし、パソコンの前にずっと座っているのもきつくなってきました。まあ、来年もぼちぼちとやっていこうと思います。

クリス・ウィタカー『われら闇より天を見る』(早川書房)

「それが、ここに流れてるあたしたちの血。あたしたちは無法者なの」
 アメリカ、カリフォルニア州。海沿いの町ケープ・ヘイヴン。30年前にひとりの少女が命を落とした事件は、いまなお町に暗い影を落としている。自称無法者の少女ダッチェスは、30年前の事件から立ち直れずにいる母親と、まだ幼い弟とともに世の理不尽に抗いながら懸命に日々を送っていた。町の警察署長ウォークは、かつての事件で親友のヴィンセントが逮捕されるに至った証言をいまだに悔いており、過去に囚われたまま生きていた。彼らの町に刑期を終えたヴィンセントが帰ってくる。彼の帰還はかりそめの平穏を乱し、ダッチェスとウォークを巻き込んでいく。そして、新たな悲劇が……。苛烈な運命に翻弄されながらも、 彼女たちがたどり着いたあまりにも哀しい真相とは――? 人生の闇の中に差す一条の光を描いた英国推理作家協会賞最優秀長篇賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 2020年、イギリスで刊行。2021年、英国推理作家協会(CWA)賞ゴールド・ダガー賞(最優秀長篇賞)受賞。オーストラリア推理作家(ACWA)賞(ネッド・ケリー賞)最優秀国際犯罪小説賞、シークストン賞最優秀賞受賞。2022年8月、邦訳刊行。

 

 作者の第三長編。出版当時から話題になっていたが、2022年のミステリ三冠となったので手に取ってみる。
 舞台は2005年6月のカリフォルニア州、ケープ・ヘイヴン。30年前に7歳のシシー・ラドリーを殺害して逮捕されて10年の刑を受け、さらに刑務所内で殺人を犯して20年の刑が追加されたヴィンセント・キングが出所する前日から物語は始まる。主人公は、13歳の“無法者”と自称する少女、ダッチェス・デイ・ラドリー。シシーの姉である母スターと、弟ロビンとの三人暮らし。そしてもう一人の主人公は、ヴィンセントの幼馴染かつ元親友であり、現在はケープ・ヘイヴン警察の所長であるウォーカーである。
 ダッチェスに降りかかる不幸の連鎖、新たな殺人事件とヴィンセントにかかる容疑、ヴィンセントの無罪を信じて動くウォーク。殺人とその解決はあるものの、どちらかといえば人間ドラマを見ているような作品である。世間の無常さと、人としての希望。
 殺人事件の伏線などは丁寧に描かれているし、ウォークがヴィンセントの無実を信じて動き回る姿は、正式な署員は一人しかいない警察署とはいえ、警察小説、刑事小説といえるかもしれない。しかし読者が気になるのは、ダッチェスが救われるかどうかである。
 第一部で殺人事件が起きるが、第二部の舞台に、ダッチェスの祖父ハルが住むモンタナが加わる。ダッチェス、ロビン、スターはハルの許に移り、それぞれの心を癒していく。一方、ウォークは30年前の恋人、弁護士のマーサ・メイと再会し、過去の傷に触れつつも殺人事件の真相を求める。全く別の話が平行線で描かれているようで、実は繋がっている二つの物語。そんな物語が第三部で交わり、第四部の結末へ向かっていく。
 計算された、心揺さぶられる物語。小説の最初から最後まで、作者の想いが太陽の光のように浴びせられている、そんな作品である。どんな不幸でも、どこかには希望がある。孤独なようでも、誰かが自分のことを見ている。運命は絶望ばかりではない。そして、人の心は汚されていても、世界は美しい。
 先にも書いたが、重厚な人間ドラマの長編。これはもう、泣くしかないよな。この作品の登場人物たちに、救いが来ますようにと祈りたくなる作品。傑作と評されるのも当然だろう。

板野博行『眠れないほどおもしろい日本書紀:「書かれた文字」の裏に秘された真実』(三笠書房 王様文庫)

 アマテラス、スサノオ日本武尊神武天皇中大兄皇子天武天皇…知れば知るほど凄いぶっ飛びのエピソードを、あの藤原不比等のナビで実況中継! 伝説と事件の舞台裏でその時、何が起きたのか――? 古代日本史オールスターズが登場する最古の歴史書日本書紀』の魅力に迫る本!
 ◎神代からのお約束「告白するのは男から!!」
 ◎オオクニヌシはなぜ「国譲り」を迫られたか
 ◎「三種の神器」を携えて、天孫ニニギ、降臨!
 ◎英雄ヤマトタケルは、なぜかくも悲しいのか?
 ◎実力十分! なぜ中大兄皇子はすぐに即位しなかった?
(粗筋紹介他より引用)
 2022年8月、書下ろし刊行。

 

 「眠れないほどおもしろい」シリーズ最新刊。天武天皇の命令で編纂され、神代から第41代持統天皇までを取り上げ、39年の歳月をかけて完成された、日本最古の史書日本書紀』。それをかみ砕きつつ、最新の研究も併せて面白く書かれた解説本。
 わかりやすく書かれているし、特に天皇や藤原一族に忖度して書かれた部分についての反論部分も最新研究に基づいて書かれているから、日本の神話からヤマト時代の歴史について詳しくなれると同時に、現在に残る日本の風習、伝説などにも触れることができる。
 史書と言いながら、辻褄を合わせようと色々無理をしている部分(一部天皇が100歳以上生きているなど)や、天皇の先祖「天孫族」(ヤマト政権)が出雲、熊襲などを滅ぼしていった件などについても突っ込みを入れながらの説明がある。聖徳太子が実在したか(そもそも『日本書紀』にしか名前が出てこない)や乙巳の変の真の首謀者など、日本の歴史で次々と疑念が定義されている点についても触れられている。もちろんすべてが載っているわけではないし、あっさりと触れられているだけではあるので、これ以上のことを知りたいという人に勉強してもらおうという書き方もうまい。
 他のシリーズも読んでみようという気にさせられる。やっぱり日本の古典というのは楽しい。

ボストン・テラン『神は銃弾』(文春文庫)

 憤怒――それを糧に、ボブは追う。別れた妻を惨殺し、娘を連れ去った残虐なカルト集団を。やつらが生み出した地獄から生還した女を友に、憎悪と銃弾を手に……。鮮烈にして苛烈な文体が描き出す銃撃と復讐の宴。神なき荒野で正義を追い求めるふたつの魂の疾走。発表と同時に作家・評論家の絶賛を受けた、CWA新人賞受賞作。(粗筋紹介より引用)
 1999年、発表。2000年、英国推理作家協会ジョン・クリーシー・ダガー賞(最優秀新人賞)受賞。2001年9月、邦訳刊行。同年、日本冒険小説協会大賞(海外部門)受賞。

 

 アメリカの覆面作家、ボストン・テランの処女作。物語としては非常に単純で、粗筋紹介通りの内容そのまま。復讐に燃える刑事のボブ・ハイタワーと、カルト教団「左手の小経」の元メンバー、元麻薬中毒者だったケイス・ハーディンが、ボブの娘ギャビ・グレイをさらった「左手の小経」を追い求める話。
 『その犬の歩むところ』が面白かったので過去に遡って手に取ってみたのだが、ここまで強烈な暗黒小説だとは思わなかった。とにかく暴力、ドラッグ、セックスのパレード。それが妙に飾り付けられた言葉で並びたてられる。それでも不思議に読めるのは、現在形が続く突き放した文体だからか。『その犬の歩むところ』の文体って処女作からだったのね、と妙なところに感心してしまった。ただ、やや荒っぽいことも事実で、正直読んでいて疲れる。
 アメリカならではの描写という気がしなくもない。まあここまで追って、追って、やられて、追っての展開は、ほんとうにしんどい。なぜここまで執拗に、という気もするし、逆にここまで書くから傑作と呼ばれているのかもしれないという気にもなる。好みで評価が非常に分かれるだろうな、とは思う。個人的には悪くなかったのだが、もう少しコンパクトにまとめてほしかったところ。