平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

フレデリック・フォーサイス『帝王』(角川文庫)

 灼熱の太陽が照りつけるモーリシャスの沖、そいつは緑色の海水の壁を破って飛びだした。500kgを超える伝説のブルーマルリン、“帝王”がフックにかかったのだ! 渾身の力を込めて巻きとられるリール、必死の逃走を試みる巨魚…8時間に及ぶ壮絶なファイトの果てに、“帝王”を釣った男に訪れた劇的な運命の転換とは――?
 冒険、復讐、コンゲーム…短編の名手としても定評ある著者が“男の世界”を描き、小説の醍醐味を満喫させる、魅力の傑作集。表題作ほか7編収録。(粗筋紹介より引用)

 1982年、ロンドンで発表。同年、邦訳単行本刊行。1984年5月、文庫化。ただし、「殺人完了」「ブラック・レター」は『シェパード』(角川文庫)に収録されているため、本巻からは外されている。

 

 老人の家を強制撤去すると、暖炉の壁から死体が出てきた。しかし警察の取り調べにも、老人は一言もしゃべらない。「よく喋る死体」。
 バンゴー市でインドから留学していた医学生は、もぐりの家屋解体業でアルバイトをしていたが、虐待を受けたため復讐を誓う。1982年、エドガー賞短編部門受賞。「アイルランドに蛇はいない」。
 小悪党のマーフィーが時間と金をかけて計画した、極上のフランスのブランデー750ケースの強奪。荷物はフェリーから降ろされ、トレーラーで運ばれてきた。「厄日」。
 詐欺に加担したかのように新聞に書かれたビルは、新聞社と記者に抗議をするも無視される。名誉棄損で訴えようと弁護士に相談するも、時間と金ばかりかかって無駄だと諭された。しかしビルは『英国法』を読み、復讐の手段を思いつく。「免責特権」。
 資産家のティモシー・ハンソンは、癌の苦痛に耐えきれず自殺。弁護士は残された親族の前で遺言状を開く。「完全なる死」。
 カミン判事は四時間の汽車旅の中、車室で一緒になった貧相な小男、神父とマッチ棒を掛け金代わりにポーカーを始める。「悪魔の囁き」。
 フランス、ドルゴーニュ地方の田舎で私の車はついに動かなくなった。妻と私は、小さな村の中年女の家に泊めさせてもらうことになった。作者のアイルランドの友人が体験した実話とのこと。「ダブリンの銃声」。
 勤める銀行の報奨制度で、モーリシャスでの一週間の旅行と休暇を与えられた支店長マーガトロイド。同行者は恐妻エドナと、同じ報奨を得た本店勤務の若者ヒギンズ。ヒギンズに誘われ、エドナに黙ってゲーム・フィッシングに出かけたマーガトロイドは、“帝王”と呼ばれるブルーマリンにヒットする。「帝王」。

 

 フォーサイスというと大長編のイメージしかなかったのだが、この短編集はどれを読んでもひねりが利いていて面白い。多岐なジャンルを楽しむことができ、どれも読者を満足させるものばかりである。小説が巧い人は、やはり短編を書ける人だと改めて思い知った。
 「帝王」の結末には思わず喝采を挙げてしまったし、「アイルランドの蛇はいない」の結末の不気味さには背筋が寒くなった。「完全なる死」の騙しのテクニックにも感心した。一番面白かったものを挙げろと言われれば、迷うことなく「免責特権」と答えるだろう。この痛快な復讐劇は、大きな権力に虐げられてきた弱者が留飲を下げること、間違いなしだ。
 これは読まないと損をする短編集。絶版状態の今頃にこんな書き方をするのも恥ずかしいが、傑作なのだから仕方がない。これは復刊すべき、それだけの価値がある一冊である。