平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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イーアン・ペアーズ『指差す標識の事例』上下(創元推理文庫)

指差す標識の事例 上 (創元推理文庫)

指差す標識の事例 上 (創元推理文庫)

 

  1663年、クロムウェルが没してのち、王政復古によりチャールズ二世の統べるイングランド。医学を学ぶヴェネツィア人のコーラは、訪れたオックスフォードで、大学教師の毒殺事件に遭遇する。誰が被害者の酒に砒素を混入させたのか? 犯人は貧しい雑役婦で、怨恨が動機の単純な殺人事件と目されたが──。衝撃的な結末の第一部に続き、その事件を別の人物が語る第二部の幕が開き、物語はまったく異なる様相を呈していく──。『薔薇の名前』とアガサ・クリスティの名作が融合したかのごとき、至高の傑作!(上巻粗筋紹介より引用)


 1663年、チャールズ二世が復位を果たすも、いまだ動揺の続く英国。ヴェネツィア人の医学徒、父の汚名を雪ごうと逸やる学生、暗号解読の達人にして幾何学教授、そして歴史学者の四人が綴る、オックスフォード大学で勃発した毒殺事件。事件の真相が語られたと思ったのもつかの間、別の人物が語る事件の様相は、まったく違うものになっていき……。相矛盾する記述、あえて隠された事実、そしてそれぞれの真実──。四部構成の稀代の歴史ミステリを、四人の最高の翻訳家が手掛ける、至高の傑作がついに登場!(下巻粗筋紹介より引用)
 1997年、発表。2020年8月、創元推理文庫より邦訳刊行。

 帯には「『薔薇の名前』×アガサ・クリスティ! ミステリの醍醐味溢れる至高の傑作」と書かれた大作。4人の翻訳家は、池央耿、東江一紀宮脇孝雄日暮雅通東江一紀って亡くなられたはず、と思って巻末を見たら、2014年6月死去とあった。何で出版にここまでかかったんだろう? 読むのにも時間がかかる作品ではあったからなあ。
 舞台は1663年、王政復古でチャールズ二世が復位を果たしたイングランド。読んでいると、世界史が苦手な私ですら知っている偉人が色々と出てくる。当時の情勢をわかっていれば、面白さがだいぶ変わっていただろうなあ、と不勉強な自分を公開しながら読み進めていたが、いつしか作品世界に没頭していた。
 事件自体は、大学教師が砒素で毒殺され、怨恨のある雑役婦が捕まるという単純な話。ヴェネツィア人のコーラが後にこの時の手記(第一部)を書くのだが、それを入手した別の人物が実は、ということで事件そのものの様相がガラッと変わる趣向。これがなんとも巧みというか。人物や社会、世界情勢など、当時の状況に対する各人の立場からの見解が面白い。歴史って、別の角度から見たら全然違うんだよな、と思わせる。さらに事件にまつわる様々な事象が徐々に明らかになっていく筆の運び方が絶妙。いつしか、夢中になってしまいました。それにしても、ヒロインのサラ・ブランディに対する印象が手記によって全然違うのだが、ここまで見方が変わる女性ってどんな人物なんだろうと思ってしまった。
 しかしこれって、歴史小説の面白さだよな、とは思ってしまった。殺人事件があるし、解決もあるけれど、謎解きの面白さはほとんど感じなかった。まあ、面白さにジャンル分けする必要は全くないんだけど。傑作、大作であることは間違いない。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
「高裁係属中の死刑事件リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。
無期懲役判決リスト 2020年度」に1件追加。
「求刑無期懲役、判決有期懲役 2020年度」に1件追加。

ジャスト日本『インディペンデント・ブルース』(彩図社)

インディペンデント・ブルース

インディペンデント・ブルース

 

 メジャーが光り輝く太陽だとしたら、闇夜に輝く月のような存在がインディー。本書は、インディペンデントなプロレス団体で生きるレスラーを取材し、彼らがなぜ戦い続けるのかを解き明かそうとするものである。インディーの最前線で異彩を放つ若き天才、メジャーに通用する潜在能力を持ちながら団体愛を貫く逸材、格闘技と強さに対し異常なまでの執着心を抱く「変態」、世界最高峰のプロレス団体をはじめ世界中のマットに上がったレスリング・マスター、ズルいヒールを目指してインディー街道をひた走る〝その日暮らし〟の男、いまはなき伝説の団体の魂を背負いリングに上がり続けるベテラン、海外にもその名を轟かせるデスマッチの雄、熱い全力ファイトでインディーの壁を乗り越えた弾丸戦士……。彼らが闘い続ける理由とは? プロレスの見方が変わるノンフィクション!(帯より引用)
 2020年3月、刊行。

 

 主にインディペンデントを中心として活躍するプロレスラー8人へのインタビューをまとめたもの。登場するレスラーは、阿部史典プロレスリングBASARA)、吉田綾斗(2AW)、佐藤光留(フリー)、ディック東郷みちのくプロレス)、新井健一郎DRAGON GATE)、マンモス佐々木(FREEDOMS)、竹田誠志(フリー)、田中将斗(プロレスリンZERO1)。本をまとめた作者は、プロレスブロガーで本書が初めての著書となる。
 登場するレスラーは、日本のメジャー団体や海外団体でも活躍したベテランレスラーから、インディーONLYなレスラーまで幅広い。ただいずれもプロレス専門誌には取り上げられるレスラー。そんな彼らが、一部にはメジャーからの誘いを断り、インディペンデントとは何か、生き続ける理由を作者は探し続ける。実際は知らないけれど、彼らはいずれも一度はインディーのままメジャーの団体(新日本 or 全日本 or NOAH or DRAGON GATE)に上がったレスラーばかりである。その気になれば、メジャー団体の一員となることもできただろう。実際、誘われたレスラーも多い。そんな彼らがインディーとして生きる理由は、読んでいて胸を打たれるものがある。
 ただこれって、ただのインタビューだよな、とは思ってしまう。タイトル通りの内容にすべきなら、もっとインディーの光と影に踏み込むべきだったんじゃないかと思う。インディーのまま20年以上を迎えたレスラーだっている(ウルトラマンロビンリッキー・フジ、吉田和則、松崎和彦黒田哲広、バファローなど多数)。光をあまり浴びないレスラーや、アルバイトの合間にプロレスをやっているレスラーなんかも今後は取り上げてほしいものだ。それこそが、インディペンデントの意味を知るうえで重要だと思

方丈貴恵『孤島の来訪者』(東京創元社)

孤島の来訪者

孤島の来訪者

  • 作者:方丈 貴恵
  • 発売日: 2020/11/30
  • メディア: 単行本
 

 謀殺された幼馴染の復讐を誓い、ターゲットに近づくためテレビ番組制作会社のADとなった竜泉佑樹は、標的の三名とともに無人島でのロケに参加していた。島の名は幽世島――秘祭伝承が残る曰くつきの場所だ。撮影の一方で復讐計画を進めようとした佑樹だったが、あろうことか、自ら手を下す前にターゲットの一人が殺されてしまう。一体何者の仕業なのか? しかも、犯行には人ではない何かが絡み、その何かは残る撮影メンバーに紛れ込んでしまった!? 疑心暗鬼の中、またしても佑樹のターゲットが殺され……。第二十九回鮎川哲也賞受賞作『時空旅行者の砂時計』で話題を攫った著者が贈る“竜泉家の一族”シリーズ第二弾、予測不能本格ミステリ長編。(粗筋紹介より引用)
 2020年11月、書き下ろし刊行。

 

 2019年の鮎川賞作家の第二作長編。まさか「竜泉家の一族」というシリーズになるとは思わなかった。とはいえ、前作との関りは、前作の舞台となった竜泉家の一人が出てくることと、冒頭と事件解決前に砂時計の「マイスター・ホラ」が語り手として登場するだけであり、前作を読まなくても十分に楽しむことができる。
 前作の感想で、「SF要素ががっちりとトリックや事件の謎に組み込まれると、自分が作ったルールで考えることになるので、たとえ伏線が張られていたとしても一般的には及びもつかない部分で謎解きされてしまうことになる」なんて書いたけれど、ごめんなさい、謝ります。特殊設定を用い、ここまでシンプルかつ大胆な本格ミステリを書くことができるとは思わなかった。
 特殊設定が何かを書くことはネタバレになるのでここでは書かないが、その特殊設定そのものがただのルール説明になっているのではなく、事件を解く謎になっているのは見事と思った。これだけ目の前に堂々と出されても、設定の説明なんだよなと思ってしまうと、事件の鍵を取り逃がしてしまう。秘祭伝承も事件に絡んでくるし、何気ない会話の中に事件の鍵が隠れているところもうまい。物語の最初から最後まで、伏線が張られているのには驚いた。最後の一文、してやられたと思ったね。
 主人公の竜泉佑樹が想像力強すぎる点がちょっと不思議。普通だったら考えもしない設定だよな、これ。ただ、マイスター・ホラによる読者への挑戦状は、特殊設定のすべてが明かされた以降になるので、問題ない。もしかして竜泉家、何か能力でもあるのだろうか。
 素直に脱帽です、ハイ。早くも来年度の本格ミステリベスト候補、出ましたね。傑作でした。