平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

笹本稜平『相剋 越境捜査』(双葉社)

相剋 越境捜査

相剋 越境捜査

  • 作者:笹本 稜平
  • 発売日: 2020/10/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 神奈川県警管内で発見された腐乱死体が碌な捜査もされず自殺として処理された。不審に思った宮野が独自捜査をすると、その直後、何者かに襲われてしまう。鷺沼たちはカりスマ投資家の男に目を付けるが、その裏には政官界の巨大な権力が控えていた。(帯より引用)
 『小説推理』2019年7月号~2020年7月号連載。加筆訂正の上、2020年10月、単行本刊行。

 

 警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の鷺沼友哉と神奈川県警瀬谷警察署の不良刑事、宮野裕之のコンビたちが挑むシリーズ第8作。今回はカリスマ投資家の身辺から見つかった2つの死体から政界の陰謀を暴く。
 さすがにここまでくるとパターン化してしまい、マンネリは免れない。どこかで見た風景がこれでもかとばかり続く。はっきり言ってこれだけ政治家たちを捕まえると、少しは警戒しないか?
 大物政治家が絡み、警察の上層部もからむのに、なぜか妨害が控えめ。それが最後のほうになると大きく動き出し、かえって墓穴を掘る。これもパターン化されてしまって、もう楽しめない。
 最後の展開を考えると、次作はもうちょっと違うストーリーを楽しめるかな。

若林正恭『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(文春文庫)

 飛行機の空席は残り1席――芸人として多忙を極める著者は、何かに背中を押されるように一人キューバに旅立った。クラシックカーの排ガス、革命、ヘミングウェイ、青い海。「日本と逆のシステム」を生きる人々に心ほぐされた頃、隠された旅の目的が明らかに――落涙必至のベストセラー紀行文。書下ろし3編収録。(粗筋紹介より引用)
 2017年7月、KADOKAWAより単行本刊行。2018年、第3回斎藤茂太賞受賞。2020年10月、書き下ろし「モンゴル」「アイスランド」「コロナ後の東京」を収録して文庫本刊行。

 

 2000年に春日俊彰とナイスミドルを結成し、後にオードリーと改名。芸人として売れない9年を過ごし、2008年にM-1グランプリで準優勝してから売れっ子芸人となった若林正恭の紀行文。
 「じゃないほう芸人」と一時期言われ、どこか斜に構えながら物事を見て生きてきたというのが若林の印象なのだが、本作品ではやはり視点が独特なところがあるのだなと思わせる。それほど難しい言葉を使っているわけじゃない。だけど、なぜか心に残る言葉を残す。帯にもある「ぼくは今から5日間だけ、灰色の町と無関係になる」。なぜ深く心に突き刺さるのか。テレビの『たりないふたり』シリーズなんかを見ていて思うが、もどかしい様々な思いを抱き、それを少しずつ浄化し、そしてそれ以上の想いを重ねながら生きてきたのだろうと思わせる。新鮮な光景を、今までの光景と照らし合わせ、自らの心に広がる思いと相違点が紡ぎ出され、そして自らの立ち位置を確認する。旅ってこういうことだろうか。
 Creepy Nuts、DJ松永による解説も素晴らしい。『オードリーのオールナイトニッポン』のヘビーリスナーを指すリトルトゥースでもある彼は、若林のラジオに励まされ、若林と自分を照らし合わせることで生きてきた思いを率直に綴っている。
 読んで素直に良かったと思わせる一冊。そして思うのは、若林ってすごいな、ということだ。

 

そえだ信『地べたを旅立つ』(早川書房)

地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険

地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険

  • 作者:そえだ 信
  • 発売日: 2020/11/19
  • メディア: 単行本
 

 鈴木勢太、性別男、33歳。未婚だが小学5年生の子持ち。北海道札幌方面西方警察署刑事課勤務……のはずが、暴走車に撥ねられ、次に気づいたときには……「スマートスピーカー機能付きロボット掃除機」になっていた! しかもすぐ隣の部屋には何故か中年男性の死体が。どんなに信じられない状況でも、勢太にはあきらめられない理由があった。亡き姉の忘れ形見として引き取った姪・朱麗のことだ。朱麗の義父だった賀治野は、姉と朱麗に暴力を働き接近禁止令が出ていたが、勢太がそばを離れたとわかったら朱麗を取り戻しにやってくる。勢太の目覚めた札幌から朱麗のいる小樽まで約30キロ。掃除機の機能を駆使した勢太の大いなる旅が始まる。だが、行く手にたちはだかる壁、ドア、段差! 自転車、子ども、老人! そして見つけた死体と、賀治野と、姉の死の謎! 次々に襲い掛かる難問を解決して小樽に辿り着き、勢太は朱麗を守ることができるのか?(粗筋紹介より引用)
 2020年、第10回アガサ・クリスティー賞大賞受賞。応募時タイトル「地べたを旅立つ――掃除機探偵の推理と冒険」。改題、加筆修正のうえ、2020年11月、刊行。

 

 作者は過去、鮎川哲也賞アガサ・クリスティー賞の最終選考に残っている。そのせいか、名前だけは憶えていた。普段ならクリスティー賞はほとんど読まないのだが、今回は帯を見て購入する気になった。主人公が掃除機になるんだよ、掃除機に。しかも「掃除機になっても、きみを守る」とまで書かれたら、気になって仕方がない。表紙はライトノベルっぽいのでそこまで重くないだろうし、手軽に読むにはいいだろうと思った。
 交通事故で意識不明の重体になった鈴木勢太が、なぜかロボット掃除機に意識が移り、しかも目の前に死体。Androidが搭載されたCPUが入っていて、Wi-Fi環境にあればインターネット検索もメール送受信も可能。カメラもついていて、外の様子を知ることができる。今現在は、施錠された部屋の中で、死体と一緒。本格ミステリファンなら心振るえそうな設定だが、主眼は別。姪・朱麗を守るために、札幌から小樽への大冒険である。
 まあばかばかしい設定と言ってしまえばそれまでだが、掃除機ならではの苦悩と、掃除機の利点を生かした冒険譚が楽しい。途中で親子心中を助けたり、拾ってくれた老夫婦のピンチを救ったり。旅の通りすがりに人助けをしていくというのはよくある設定だが、これが掃除機なのだから、色々と工夫ができる。その過程の描き方が巧い。途中で差し込まれるのは、ありきたりな話ばかりなのだが、なぜか掃除機というフィルターを通してみると感動するから不思議だ。
 密室殺人事件の方は、トリックこそ単純だが、目覚めた時の自分や周囲の状況を調べていく過程にヒントが隠されているのがうまい。さらにこの事件も、最後の冒険譚につながっていくところもよく考えられている。
 なんかこうしてみると、べた褒めだな。まあちょっと短めなところもあって、ぼろが出ないうちにうまく話を終わらせられたというのがあるかもしれない。それでも最初から最後までよく考えられているとは思った。掃除機の設定以外はパターン化されたものばかりということもあって、さすがに傑作という気はないけれど、人には薦めたくなる一冊である。無機物の掃除機に人格が移るか、という設定が耐えられない人は無理だろうけれど。