平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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林泰広『オレだけが名探偵を知っている』(光文社)

オレだけが名探偵を知っている

オレだけが名探偵を知っている

  • 作者:林 泰広
  • 発売日: 2020/06/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 新川綾が事故に遭い手術をした。綾には幼い娘・青葉がいるが父親である新川昭男は仕事でまったく連絡が取れない。青葉の叔父、秋山礼人は新川が重役を務める会社「ブッシュワッカー」に行くが、社長の城之内は新川への連絡自体を拒否する。絶対的独裁者の会長・座主の命令で、会社の地下の巨大な密室と化した迷宮で何かが行われており、新川はそこにいるらしい。すったもんだの末に、中に入ると、五人の男女の遺体が発見された。そして密室の中の密室、外側から鍵のかかったコンテナから、唯一の生存者が発見された。この事件はいったい何だったのか――秋山は独自に事件の再検討を行うが……。奇才が仕掛けるトリッキーな罠、罠、罠。真相に呆然となる野心溢れるミステリーの傑作!(帯より引用)
 2020年6月、書き下ろし刊行。

 

 2002年に光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ワン」の4人いた第一弾として『The unseen 見えない精霊』で長編デビュー。短編は発表していたものの、2017年に連作短編集を刊行したのみであり、長編は18年ぶりとなる。
 デビュー作がほとんどパズル作品だったこともあり、どうなるかと思ったら、やっぱりパズル作品だった……(泣)。最初は警察の捜査が始まると思ったら、わけのわからない元山賊の男が造った世間のルール無視な会社の話が出てきて目が点。こんな会社、最初っから公安あたりに目を付けられてそう。いや、こんな現実な話、出しちゃあかんのよな、本格ミステリは(すごい偏見)。
 わけのわからない地下二階の部屋で殺人事件は起きるし、存在自体が希薄な名探偵は出てくるわ、なんだこいつはみたいな万能女性ハッカーは出てくるわ。序盤の家族はどこへ行った? おまけに結末は滅茶苦茶だし。名探偵やマスコミへの皮肉ともいえるような茶化しは大笑いしたが、さすがに結末は口あんぐり。よくよく見たら、本格ミステリですらないよね。なに、これ。確かに真相には呆然となるけれど、感心は全くしないな。後出しじゃんけんばかりだし。いや、本格ミステリじゃないから、別にいいのか。
 結局何、これとしか言いようがない作品。読み終わった自分にお疲れさまといいたい。

ピーター・ラヴゼイ『マダム・タッソーがお待ちかね』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

 1888年3月、ロンドンの高級写真館で助手をつとめる男が毒殺された。警察の入念な捜査の結果、彼に恐喝されていた館主の妻が逮補される。彼女は公判を前に自らの罪を告白し、判決は絞首刑と決したが――三カ月後、内務大臣の許へ届いた一枚の写真がすべてをくつがえした。そこには彼女の犯行を不可能たらしめる重要な鍵が写っていたのだ! 彼女は無実なのか? ではなぜ自白を? 死刑は12日後に迫っている。警視総監の命をうけたクリップ部長刑事は極秘の捜査を開始するが……英国推理作家協会賞シルヴァー・ダガー受賞に輝く本格推理傑作。(粗筋紹介より引用)
 1978年、発表。1983年4月、邦訳単行本刊行。1986年7月、文庫化。

 

 デビュー作から続くクリップ部長刑事シリーズ。これがシリーズ最後の作品かな。タイトルのマダム・タッソーは、イギリスの蝋人形彫刻家が建てた「マダム・タッソー館」のこと。女性死刑囚の蝋人形が飾られており、本事件の死刑囚であるミリアムも蝋人形になる運命が待ち構えていた。原題は"WAXWORK"(蝋人形)。邦訳のタイトルのほうが洒落ている。
 死刑が絡んだタイムリミットサスペンスに、ヴィクトリア朝時代を背景とした本格ミステリ要素も加えた作品。道具立てだけ考えれば派手になってもおかしくないのに、地味な捜査が続くところがなんとも。それでも時代背景を考えた描写は読んでいて楽しいし、当時の時代が浮かび上がる筆致もお見事。写真師という職業の当時の立ち位置が興味深かった。絞首刑が当時の民衆の娯楽の一つであったことは知っていたが、マダム・タッソー館との関連性は初めて知り、面白かった。
 ことを穏便に済ませるための隠密捜査という点は地味であるし、登場人物が少ないこともあって意外性という点では今一つではあるものの、当時の時代背景を隠し味に使っているところはお見事。最後の描写がいいんだよな。時代ミステリとしての面白さを十分に堪能することができた。さすが、作者の代表作だけはある。

犯罪の世界を漂う

無期懲役判決リスト 2020年度」に2件追加。「求刑死刑・判決無期懲役」を更新。
最高裁で一人ぐらい意見付けるかと思われたけれど、全員一致なんだ。検察側が上告していれば、少しは違ったかな。

ドナルド・E・ウェストレイク『嘘じゃないんだ!』(ミステリアス・プレス文庫)

  もちろんサラだって、自分が入社したのがゴシップ新聞社なのは知っていた。けれど、彼女が目撃した他殺死体の話がボツにされ、かわりにポテトチップ・ダイエット法を取材させらえるとは――殺人なんてそっちのけ、イカレた業界でオカシな取材に東奔西走する女新米記者の活躍やいかに? 鬼才がそのエンターテイナーぶりを存分に発揮した超オモシロイ最新作。(粗筋紹介より引用)
 1988年、発表。1991年2月、邦訳刊行。

 

 久しぶりにウェストレイクの本を手に取った。それにしても、カバーと内容が全然一致しない。
 主人公のサラ・ジョスリンといい、上司のジャック・インガーソルといい、どっかぶっ飛んでいる。そりゃゴシップ紙とトンデモネタがメインテーマだから当然と言えば当然なんだが。それでもここまで暴走する、という展開が面白いんだが、ちょっと胃もたれしたかな。ドタバタというよりも悪乗りという表現のほうがあっているか。作者も好き放題やっているなあ、という印象を持った。
 内容はとんでもないけれど、生活描写がやけにリアルなのには笑えた。主人公なのにここまで突き放す作者というのも笑っちゃうというか。いや、本当、作者がやりたい放題。サラとジャックの関係性も変化も楽しいし。二人の暴走からの逆転劇を楽しみゃいいというのはわかるんだけどね。記事ごとに小分けした構成も連絡短編集ぽくって面白かったし。
 エンターテイメントに徹した作品という印象。作者、書いていて楽しかっただろうなあ。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html
「死刑確定囚リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。

 新聞記事と写真からの印象だと、土屋和也被告から生きようという意志があまり感じられない。気のせいかもしれないけれど。

小泉悦次『史論―力道山道場三羽烏』(辰巳出版)

史論‐力道山道場三羽烏 (G SPIRITS BOOK)

史論‐力道山道場三羽烏 (G SPIRITS BOOK)

  • 作者:小泉 悦次
  • 発売日: 2020/05/28
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  力道山が産み落とした3人の弟子が織りなす“冷戦時代の日・米・韓プロレス史”。馬場vs猪木vs大木の20年戦争「力道山の後継者」は誰だ?
 「アメリカマット界のレスリングウォー」、「極秘裏に行われた力道山の登韓」、「世界3大王座連続挑戦」、「ヒューストンの惨劇」、「最初の目玉くり抜きマッチ」、「日韓国交正常化」、「大熊元司リンチ事件」、「グレート東郷殴打事件」、「日本プロレスのクーデター未遂騒動」、「韓国大統領・朴正煕の暗殺」――複雑に絡み合う物語を紐解きながら、隠された史実を読み解く。(帯より引用)

 『Gスピリッツ』に連載された「ショーヘイ・ババのアメリカ武者修行」「キンタロウ・オオキのアメリカ武者修行」「カンジ・イノキのアメリカ武者修行」を大幅に加筆修正し、新たな書下ろしを加え、2020年6月刊行。

 

 「力道山道場三羽烏」と称されたのはジャイアント馬場アントニオ猪木大木金太郎の3人である。ちなみにデビューは、大木が1959年9月4日(樋口寛治に負け)、馬場と猪木が1960年9月30日である(馬場は田中米太郎に勝ち、猪木は大木に負け)。最も三羽烏と呼ばれるようになったのは後年の話らしい。1960年時点で馬場は22歳、猪木は19歳、大木は27歳(サバを読んでいて、実際は30歳)だった。
 日本プロレスの頃は様々な証言がなされ、出版物も多いが、当時は記録が完全ではなかったこともあり、また記憶違いなどもあって不完全な部分も多い。当時の日本プロレス暴力団が絡んでいた(これは当時の芸能界なども同じ)こともあり、表に出せない部分も多かったと思われる。記憶違いや自分に都合の良い発言もあるため、食い違っている部分も多い。作者は丹念に記録を追い、プロレス史の実像に迫っている。
 海外にもプロレスマニアがいて、様々な記録を保管、公開しているのは知っているが、それにしても馬場、猪木、大木のアメリカ武者修行時代の全試合記録を負うのは相当なことだっただろう。また韓国時代の大木のプロレスの記録を追うのも大変だったと思われる。特に韓国は朴正煕大統領時代であり、政権にとって都合の悪い部分など簡単に消されていた時代だ。まずその労力に拍手を送りたいし、辻褄の合わないデータの取捨選択の確かさに感嘆するばかりである。
 馬場の世界三大タイトル挑戦の「真相」、意外と活躍していた渡米時代の猪木など、アメリレスリングウォーや日本プロレスとの絡み方が、知らなかった一面を見せてくれた。
 特に本書は、馬場と猪木の下に着くしかなかった大木金太郎の悲劇と密接につながっている。早期帰国やヒューストンの惨劇(ルー・テーズにセメントを挑んで返り討ち)、日韓国交正常化など、力道山になりたくて、とうとうなれなかった大木金太郎と時代の移り変わりの絡み方が泣けてくる。この本ではほとんど触れられていないが、猪木と馬場が去り、ようやく日本プロレスのトップになったと思ったら人気が急落してあっという間につぶれたという残酷さと、大木の時代の読めなさが悲しい。もちろんこういう事態になったのも、大木自身に原因があるのだが。もし力道山が生きていたら、大木は韓国で力道山の名をついてでいただろうか。それとも日本でトップを取っていただろうか。
 プロレスが政治や世間と密接につながっていたことを示すデータになっていることも興味深い。日米間のプロレス史を知るうえで、貴重な一冊だろう。それにしてもプロレスは、いつの時代でも語るものがあって、そして現代につながっていることが実に興味深い。