平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

クリス・マクジョージ『名探偵の密室』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

 かつて少年探偵として名を馳せたモーガン・シェパードは、いまやリアリティ番組で活躍する“名探偵”として数々の事件を解決している。だがある日、目覚めると何故かホテルのベッドに手錠で繋がれていた。周囲には見知らぬ5人の男女が。外へ出る手段がない中、バスルームで謎の死体が発見される。すると突然、備え付けのTVに男が映り、5人の中から3時間以内に殺人犯を見つけなければホテルごと爆破すると告げた。狂気の殺人ゲームが始まる……驚愕の真相が待つ、ミステリの本場英国から新本格派への挑戦状!(粗筋紹介より引用)
 2018年、英国で発表。2019年8月、邦訳刊行。

 

 作者はロンドン大学シティ校で、クリエイティブライティング(犯罪小説/スリラー)の修士号を取得し、2018年に『名探偵の密室』で作家デビュー。2018年5月時点で26歳。本作は作者の卒業論文で、エージェントの目に留まり出版されることになった。卒業論文でミステリを書けることがうらやましい。自分には書ける能力がないけれど。
 帯に「本場英国から新本格派に捧げる驚天動地の脱出ゲーム!!」ってあったので、衝動買い。しかし最初のうちは読みづらかった。慣れるとそうでもないけれど。デビュー作と聞いて、納得した。どことなく独りよがりなところが多い。そもそも誰にも見つからずさらうことができるのだろうか、なんてところから疑問だし、それはまだしも、動機がひどすぎる。しかも、こんな計画を立てるだけの部分があまりにも雑。登場人物、みんなおかしいよ。
 どう考えても「名探偵」を皮肉る作品としか思えなかったのだが、作者にはそんな意図はないようだ。うーん、過去にどんな作品を読めば、こんな作品が出来上がるのだろうか。黄金時代のミステリとも全く別物。新本格派への挑戦状、という言葉に騙された。こんなもの、誰も推理ができないし、結末を訊いたら唖然とするしかない。新本格派というのが何もかも無視して自分の都合の良い組み立てをする作風と定義づけていたのだとしたら、あまりにも皮肉でぴったりくるのだが、さすがの新本格派もここまでの設定は考えないだろう。
 だけどこれ、シリーズ化しているんだよな……。怖いもの見たさで読んでみようかという気にさせられる。

盆休みに入った

 コロナが怖くて、全然動けない。エアコンのせいかもしれないが、日中でも眠い。夜も眠い。寝てばかりだ。

 前の仕事が一段落して、どうしようかと思っていた状態だったので、休み明けにスケジュールが幾つか入っているのはちょっと嬉しい。

バリー・ライガ『さよなら、シリアルキラー』(創元推理文庫)

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

さよなら、シリアルキラー (創元推理文庫)

 

  ジャズは高校三年生。田舎町ロボズ・ノッドではちょっとした有名人だ。ある日町で衝撃的な事件が起きた。指を切り取られた女性の死体が発見されたのだ。連続殺人だとジャズは訴えたが、保安官はとりあわない。なぜジャズには確信があったのか。それは彼が21世紀最悪といわれる連続殺人犯の息子で、幼い頃から殺人鬼としての英才教育を受けてきたからだった。親友を大切に思い、恋人を愛するジャズは、内なる怪物に苦悩しつつも、自らの手で犯人を捕まえようとする。全米で評判の異色の青春ミステリ。(粗筋紹介より引用)
 2012年発表。2015年5月、邦訳文庫刊行。

 

 作者は2006年デビュー。YA小説を中心に活躍。本書はシリーズ三部作の第一作。
 主人公のジャスパー(ジャズ)・デントは17歳、高校三年生。父親のウィリアム(ビリー)・コーネリアス・デントは、過去21年間で123人を殺害したが、4年前に町の保安官G・ウィリアム・タナーに捕まり、司法取引で死刑を免れたが、32回の終身刑を受け、刑務所の独房にいる。ジャズは父親に殺人等の英才教育を受け、過去に殺人を犯したかもしれない朧げな記憶におびえつつも、普通の青春を送っている。一部の人の視線こそ厳しいものの、恋人のコニー、親友で血友病A患者のハウイー・ガーステンに囲まれて過ごしている。
 はっきり言っちゃうと、謎の連続殺人犯に挑む、という話だけなんだが、父親が連続殺人犯であった高校生を主人公に持ってきたところが目新しいところだろうか。日本だったら目を付けそうな人物がまったく捜査を受けていない点がちょっと気にかかったが、物語のテンポがよく、高校生ならではの友情と葛藤もうまく書かれ(若者の性衝動って、どこの国も同じなのね)、登場人物もややステロタイプに描かれた点が感情移入しやすく、かえって読みやすい。残酷な殺人シーンも詳しい描写を避けている点は、YA小説だからか。その方がうなされずに助かるが。
 次作への引きもうまく、やや軽いなあと思わせる部分はあったが、結構楽しむ読むことができた。時間があったら次作も読んでみたい。

凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社)

【2020年本屋大賞 大賞受賞作】流浪の月

【2020年本屋大賞 大賞受賞作】流浪の月

  • 作者:凪良 ゆう
  • 発売日: 2019/08/29
  • メディア: 単行本
 

 あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。(粗筋紹介より引用)
 2019年8月、東京創元社より書き下ろし刊行。2020年、第17回本屋大賞受賞。

 

 家内更紗は9歳の時、大好きな父親が病死し、自由奔放な母親は新しい恋人と蒸発した。更紗は伯母の家に引き取られるがなじめず、一人息子で中学二年生の孝弘は毎晩体を撫でまわして悪戯をする。学校帰りの雨の日、公園で更紗は19歳、大学1年生の佐伯文に声を掛けられ、文のマンションに着いていき、そのまま住み着く。世間では更紗が行方不明になった騒ぎ出す。2か月後、文と動物園に行くも更紗は発見され、文は逮捕された。更紗は叔父伯母夫婦の家に戻される。夜中、忍び込んできた孝弘を、更紗は酒瓶で殴りけがを負わす。更紗は児童養護施設に行くこととなった。そして15年後、常に「誘拐されたかわいそうな少女」の烙印を押されてきた更紗は、文と再会する。

 

 本屋大賞にはほとんど興味がないのだが、今回は東京創元社から出版された作品が受賞した、ということで購入してみた。作者は2008年デビューでBL小説を精力的に書き続けてきたとのこと。全然知らなかったのだが、BL小説を書いていたということは、結構内面の細かいところまで描ける作家なのではないかと期待してみたのだが、大当たりだった。
 簡単に言っちゃうと、ロリコンの大学生のところに小学生が自ら行って自宅で一緒に過ごすものの誘拐として扱われ、一度は事件が解決するものも、15年後に二人が再会する話。もちろん中身はそんな単純なものではなく、二人を取り巻く様々な人物の描写が素晴らしい。なぜ世間というものはこうもお節介なのだろうか。勝手にレッテルを貼るのだろうか。なぜ人はこうも自分勝手に都合よく正義を振り回すのだろうか。なぜ自分の考えが及ばない行動を、誰にも迷惑をかけていないのに排除するのだろうか。様々な思いが交錯し、閉じられた平和な世界が周りからの干渉を受け、歪みが生じてくる。
 あまりにも切ない恋物語……恋なんだろうけれど、「恋」って言っていいのかな。人を好きになることって、どういうことなんだろうと考えさせられる作品。これはやはり、BL小説という世間一般から見たら異端な世界を書き続けたきた作者だからかける作品のような気もするけれど、こういう決めつけ自体がよくないことだとも思ってしまう。うーん、下手にカテゴライズしてはいけない作品、という気がしてしまう。人の心を揺さぶる作品、と言えばいいのだろうか。
 とにかく面白い作品だった。人に勧めたくなるような一冊。そして語り合いたくなる一冊である。