平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐野洋『折々の殺人』(講談社文庫)

折々の殺人 (講談社文庫)

折々の殺人 (講談社文庫)

 

 斬新な手法と鮮やかな結末で、常に読者の期待を裏切らないミステリーの名匠が、いままた放つ巧緻な構成の一冊。数ある名句・名歌の解説でつとに世評の高い大岡信氏の名著『折々のうた』にヒントを得て、ひとひねりもふたひねりもして織りあげた、絶妙にして意想外な短編推理八編を収録。(粗筋紹介より引用)
 『小説現代』昭和60年1月号~昭和61年6月号まで随時掲載。1986年8月、講談社より単行本刊行。1989年7月、文庫化。

 AK事務機取締役兼人事部長で社長の婿養子でもある明石は、手術を受けて入院。掃除婦の牧原妙子の紹介で、来年短大を卒業する娘・千加子に会うが、長女にそっくりでびっくりする。妙子に聞くと、父親が誰だかわからず、しかも当時は恋人がいたのだが血液型が合わず、他に身に覚えがないという。「その時の二人」。
 小説家の八木は、弁護士の高井と一緒に乗った顔見知りのタクシーの運転手がお抱え運転手の口はないかと聞かれ、クラスメイトの製菓会社社長小野沢を紹介しようとするが、小野沢は70を超えた運転手・下田を辞めさせるつもりはないと断られる。「固い背中」。
 バス停でバスを待っていた刑事の谷内は、一昨日に空き巣の件で話を聞いた店にいた主婦に声をかけられる。一か月半前にゴルフ場から出てきた白骨死体の事件について、当時キャディをやっていた彼女は、一緒にキャディをしていた女性から、ある客がここにでも死体が埋まっているんじゃないかと言ったと聞かされたという。ところが実際に死体が埋められたのは、その話より後のはずなのだ。「盛り上がる」。
 女子高教師の山形のところに刑事が訪ねてきた。別居していて離婚話を進めている妻の加奈子が殺害されたという。昨日、日曜日は家の中にいてアリバイがなかった山形だったが、夕方4時20分、女子高の制服を着た小山という生徒が訪ねて来るも、間違いだったと言って帰って行ったという奇妙な出来事があったことを思いだして話す。しかし小山という女子生徒は高校に居なかった。「階段の女生徒」。
 田辺の妻は11日前の9月9日に殺害され、10日に発見された。田辺は10日は有給休暇を取り、大学時代の部活仲間が集まった箱根のゴルフコンペに参加し、9日は箱根のホテルに泊まっていると事情聴取に答えた。しかし9日夜、田辺は愛人に会うため、車を借りて東京に戻っていたのだ。「夢の旅」。
 週刊誌編集部員の桂貞一が休みの木曜日の朝に新聞に、妻の加津江が結婚前に働いていた会社の課長が痴漢で逮捕されたと載っていた。しかし紳士的な彼がそんなことをするなんて信じられない。加津江はかつての同期生に連絡する。そして貞一は取材を始めた。「衰える」。
 大学の英文学教授である鷲尾が殺害された。翻訳家の舞坂、妻の留美への事情聴取、そして捜査検討会で得られた真実とは。「ひそかな願い」。
 私立高校の英語の教師、小杉真苗が自宅で殺害された。留守番電話に「ミキ」と名乗る女性からのメッセージが入っており、すぐにそれが大学時代の同級生である神田三樹だと判明。小杉は助教授と不倫関係になったため大学院を辞めて教師になったが、生徒と男女の仲になっていたという。「意地悪な女」。

 

 大岡信折々のうた』にヒントを得て短編を書いたとあるが、その『折々のうた』を読んだことが無い。最初にその『折々のうた』の一節があり、次に佐野洋のコメントが載ってから本文に入るのだが、この部分に特に興味を惹くことが無かったので、結局佐野洋の趣向がどこにあったのか、全然わからなかった。それじゃだめじゃないか、と言われそうだが(苦笑)。
 短編自体は短い文章の中に、表から見える内容と、真実とのひねり具合のギャップが楽しめる作品に仕上がっているのだが、ただすらっと読み終わってそれっきりになってしまいそう。結局巧すぎて技巧が技巧に見えないまま仕上がっているという、ちょっと逆説的な結果になっている。ここまでさらっと仕上げられると、佐野洋の職人芸のみで簡単に仕上げたように見えてしまうから損だな。
 読んでいる分には楽しめるけれど、読み終わったら忘れてしまうような作品集。これは損なの、徳なの。

 

伊坂幸太郎『モダンタイムス』上下(講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 
モダンタイムス(下) (講談社文庫)

モダンタイムス(下) (講談社文庫)

 

  恐妻家のシステムエンジニア渡辺拓海が請け負った仕事は、ある出会い系サイトの仕様変更だった。けれどもそのプログラムには不明な点が多く、発注元すら分からない。そんな中、プロジェクトメンバーの上司や同僚のもとを次々に不幸が襲う。彼らは皆、ある複数のキーワードを同時に検索していたのだった。(上巻粗筋紹介より引用)
 5年前の惨事――播磨崎中学校銃乱射事件。奇跡の英雄・永嶋丈は、いまや国会議員として権力を手中にしていた。謎めいた検索ワードは、あの事件の真相を探れと仄めかしているのか? 追手はすぐそこまで……大きなシステムに覆われた社会で、幸せを掴むには――問いかけと愉しさの詰まった傑作エンターテイメント!(下巻粗筋紹介より引用)
 『モーニング』2007年18号~2008年26号連載。2008年10月、講談社より単行本刊行。加筆修正のうえ、2011年10月、文庫本刊行。

 長編『魔王』の50年後の設定ということだが、別にそれを知らなくても十分に楽しめることができる。というか、私自身、『魔王』は読んでいない。ということで、舞台は現代から50年後の設定。憲法は改正され、日本は軍隊を持ち、徴兵制がある。タイトルからチャップリンの映画が頭に浮かぶが、その影響が所々に出ている。
 システムエンジニアの渡辺がプログラムの仕様変更を請け負うが、ある複数のキーワードを検索すると次々に不幸なことが起きるという設定。それだけならよくありそうな設定だが、何の関係もないキーワードの組み合わせによる検索をするとトラブルが舞い降りるというのは秀逸。そこから謎はどんどん膨らんでいく。インターネットが絡むと、何でもできるんだよなあ、などと思わせてしまうところが、現代ならではか。
 メッセージ色が強い作品だが、読んでいるうちにそうそう、と頷いてしまうところは、やはり作者の筆の力だろう。
 スピーディーな展開で、場面の切り替えも巧く、週刊誌連載らしいテンポの良さがあり、ぐいぐい読むことができる。ただ、割り切れないところはあるキーワードで誤魔化している部分は説得力に欠ける。手が止まることはないのだが、やっぱり読み終わってしっくりこないのも事実。また、全然説明できていないところもある。渡辺の妻の言動なんか、いったいなんだったんだろうと思ってしまう。そういう不条理さ、わけのわからなさが伊坂の持ち味と言ってしまえば、それまでだが。デビュー作もそうだったし。
 まあ、面白かったとはいえるかな。少なくとも、同時期に書かれた『ゴールデンスランバー』よりは好き。

コリン・エヴァンス『不完全犯罪ファイル 科学が解いた100の難事件』(明石書店)

 

不完全犯罪ファイル

不完全犯罪ファイル

 

  犯罪史上に遺る<完全犯罪vs科学捜査・100の闘い>をまとめた本書は、まるで推理小説の名アンソロジーを読むようで、どこから読み始めても面白い。枕頭に置けば、刺激的な100日の夜が過ごせるだろう。有栖川有栖。(帯より引用)
 1996年発表。2000年、翻訳、単行本刊行。

 科学捜査の歴史と発展を、実際の事件ファイルからまとめた一冊。100の事件が並ばれるとさすがに圧巻だが、海外の犯罪はあまり興味がないので、国内ノンフィクションを読むのと比べるとややテンションを落としながら読んでいた。といっても読んだの、出てすぐ位だったかな。今頃感想を描くのもどうかと思うが。アメリカの事件が多いが、その他の国もある。だが、日本がない。日本の科学捜査についても、ふれられた部分がないのは非常に残念である。まあ、さすがに指紋でフォールズのことには触れられているが。
 とりあえず、目次に書かれている項目だけでも列挙しておく。「弾道学」「死因」「書類鑑定」「DNAタイピング」「爆発物と火事」「指紋」「法人類学」「法歯学」「犯罪心理分析」「死体の個人識別」「血清学」「死亡時刻」「毒物学」「痕跡証拠」「声紋」。

北重人『月芝居』(文春文庫)

 

月芝居 (文春文庫)

月芝居 (文春文庫)

 

  老中・水野忠邦による天保の改革で、無届けの抱屋敷は厳しく取り締まられて百姓地になる一方、大名・旗本の拝領屋敷交換という相対替がさかんに行われた。江戸屋敷を失った交代寄合左羽家は分家に居候中。留守居役の小日向弥十郎は、目下屋敷探しに余念がないのだが、その最中に江戸の闇に係ってしまう…。(粗筋紹介より引用)
 2007年12月、文藝春秋より単行本刊行。2010年9月、文庫化。

 お気に入りの作家、北重人。今頃になって少しずつ読んでいる。
 舞台は天保の改革真っ最中。主人公は西美濃に領地をもつ交代寄合(大名に準じる扱いを受ける高級旗本)「左羽家三千石」の江戸留守居役、小日向弥十郎。若いころは剣の達人で、当時の剣道仲間には遠山金四郎がいる。52歳で国許には妻と子がいるものの、剣道仲間の友人で江戸橋広小路の元締めだった亡き甚五郎の妻で、今では元締めを務めている右京と好い仲になっている。弥十郎は気が付いたら老中水野忠邦南町奉行鳥井甲斐守などが絡んだ悪事の秘密に近づいてしまい、御家人崩れの悪党波嶋三斎に命を狙われるようになる。
 支店から出張している所長が支店の我儘に耐えつつ駆けずり回っていたら、いつしか本社のでかい悪事と遭遇する羽目になってしまうのだが、この流れがあまりにもスムーズ過ぎるというか、「あれよあれよ」という言葉がぴったりくるぐらいな巻き込まれ方なので、ちょっと戸惑ってしまう。天保の改革の頃の江戸の描写があまりにも見事だし、単に勉強不足だが抱屋敷とか相対替とかも全然知らなかったので、もう少し時代の雰囲気に身を任せていたかったところ。敵側の仕掛け方にやや生ぬるいところがあるものの、表沙汰にしないようにするなら仕方のないところか。若いころの友情っていいよね、みたいな作品で、当時の剣道仲間たちが助け合う姿は素直に感動。刀を交えるシーンは、もう少し迫力があってもよかったと思う。
 内容のわりに地味なところはあるものの、読み終わってみるとじわーっととくる作品。この枯れた味が、この作者の本領だと思う。楽しかった。

19年、経ちました

 このサイトもいよいよ20年目に突入。日記こそブログに移してはいるものの、個人のサイトとしては長いほうに入ると思う。どこまでできるかわからないけれど、とりあえずのんびりやっていこうとは思う。
 ただ年末から咳が止まらない。病院へ行って薬をもらったけれど、まだ治らない。困ったものだ。