平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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池田光雅『拝啓 十津川迷警部殿』(冬樹社)



トラベル・ミステリーの名手、西村京太郎が産み出した名警部、警視庁捜査一課の十津川省三。亀井刑事と共に、数々の難事件に挑戦して毎回素晴らしい推理を展開し、事件を解決してきた。しかしその名推理も、鉄道事情に暗い読者には、分かりにくい状況がしばしば出てくる。

本書は、鉄道に関する様々な知識と情報を提供しながら、十津川警部の推理を検証し、異なる仮設や推論を展開しようというもの。

月刊誌『知識』『鉄道ジャーナル』ならびに季刊誌『旅と鉄道』に1985年、1986年、1988年に掲載されたものに補足加筆したものに書き下ろしを追加。1988年12月に刊行。作者は鉄道雑誌の編集を経てフリーライター、エディターとして活躍している。



西村京太郎のトラベル・ミステリーは、現実の鉄道が舞台で、列車も全て実名で登場。さらに時刻表も市販で発売されているもの。そのため、ミステリーの中で使用されているトリックが現実に可能かどうか、検証しやすい。筆者は『四国連絡特急殺人事件』『特急さくら殺人事件』『ミステリー列車が消えた』『寝台特急北陸殺人事件』『急行奥只見殺人事件』『終着駅殺人事件』『EF63形機関車の証言』『急行もがみ殺人事件』『特急北アルプス殺人事件』を題材に、トリックを検証し、分析している。ぶっちゃけて言ってしまえば、十津川警部の推理には大きな穴が多いということだ。その中身は、実際に読んで確かめてもらえばいいだろう。

ミステリ作品のトリック検証といえば、佐藤友之『金田一耕助さん、あなたの推理は間違いだらけ』や秋庭俊孝『森村誠一推理小説の間違い探し』がある。前者は作品に対する愛情が感じられるが、後者はあら探しに近い印象を受ける。ただ、ミステリに対するこのような検証は避けられないことである。そのトリックにリアリティを感じるか、ファンタジー(非現実性と置き換えてもいい)を感じるかは、作者の腕と、読者の読む姿勢にかかってくるだろう。こういうトリック検証ものについて、眉をひそめる読者は多い(こういう読者に限って、好きではない作品については非現実的なトリックだと文句を言う)。しかしこれだけの反証が書けるという時点で、筆者がそれだけ作品を読み込んでいるという事実を知っておくことも必要だろう。私はこういうトリック検証ものを、野暮なことと思わない。これもまた、ミステリのひとつの楽しみである。