平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ヘンリー・デンカー『判事スペンサー 異議あり』(文春文庫)

判事スペンサー 異議あり (文春文庫)

判事スペンサー 異議あり (文春文庫)

連邦地方裁判所のハリー・スペンサー判事は、世間におもねらず思いきった判決を下すことで知られている。いつしか名物となったが面白くないのは一向に脚光のあたらぬ同僚判事たちである。不隠な空気のたかまるなかで、スペンサーの真価を問われる裁判が回ってきたが……傑作『復讐法廷』の著者が女性パワー過剰の風潮を斬る快作。(粗筋紹介より引用)

1986年、発表。1990年2月、邦訳刊行。



73歳になる連邦地方裁判所のハリー・スペンサー判事は、公判や弁論でも型破りな行動を取り、判決では世間など関係なく思い切った判決を下すことで有名。しかし今回の民事訴訟では、スペイン語判決理由を書いたのだ。英語がアメリカの公用語だという規定はないことから、スペイン語で書くことは違法ではない。このことが『ロー・ジャーナル』の一面に取り上げられたため、首席判事のオーガスト・カートライトはとうとう怒りだし、司法審議会の委員会を開催し、スペンサーを辞めさせようとした。当然スペンサーは対抗手段を取る。一方、スペンサーは最後の裁判となるかもしれない裁判に取り掛かる。それは、女性労働者は男性より報酬、賃金は低く差別されているため、過去数年にわたって被った経済的損失を賠償してほしい、と州に訴えた裁判である。

スペンサーは、愛弟子ウォルター・コーナブル、孫娘シルヴィア、秘書ベッツィー・ノーランなどを巻き込みながら、この二つの難題に立ち向かう。

法廷ものの傑作『復讐法廷』と比べると、皮肉とユーモアにあふれた作品に仕上がっている。同じ作者とは思えないくらいだ。

スペンサーの言動は一見突飛に見えるが、よくよく接してみると、法廷がもつ正義に真正面から向かっている。時には皮肉たっぷりのジョークが誤解を招いているのかもしれないが、自分の信じる正義に基づいた行動を取っている。そんな姿が、世間の目を気にする判事たちからは憎くてたまらないのだろう。スペンサーは、同じく世間の目を気にしてしまいがちな我々が共感する姿である。そして読者は喝采を上げるのだ。

終盤からの怒涛の展開は、笑いをこらえることができなかった。これほどまでにマスコミを皮肉った作品もないだろう。そして、世間の目と世論に弱い者たちへの哀悼のメロディーが流れ出すのだ。

ミステリというよりも風刺小説に近い仕上がりなので、傑作かと聞かれるとそうではないと答えるだろうが、法廷ものでこんな(いい意味で)笑える作品も久しぶりに読んだ。当時、評判にならなかったのだろうか。疲れを忘れさせてくれた作品で、とても面白かった。