平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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樋口明雄『許されざるもの』(光文社)

許されざるもの

許されざるもの

「オオカミ=悪」というイメージ。政治家の利権。野生動物の襲撃。クリアすべき問題は、尽きない。

食物連鎖の頂上に立つニホンオオカミが日本で最後に確認されたのは一九〇五年。絶滅したオオカミを外国から移入し、健全な生態系を取り戻す「ネオウルフ・プロジェクト」の試験放獣の地に南アルプスが選ばれた。反対派や地元民の説得、プロジェクトを町おこし程度にしか考えない政治家、中国奥地のオオカミ探索決死行など、環境省・野生鳥獣保全管理官の七倉は幾多の困難に立ち向かう。しかし――。(帯より引用)

2014年7月、書き下ろし刊行。



大藪賞等を受賞した『約束の地』の続編。大いに期待して読んだのだが、読み終えてしまうとやや微妙。力が入っていることはわかるし、個々のシーンは面白いのだが、印象がやや散漫な何というかまとまりのない作品に仕上がっている。

外国の狼を日本に移住させようというオオカミ復活プロジェクトが実際にあるのは知っているのだが、それを実現するためにはあまりにも壁が高い。それに立ち向かうというのはわかるし、それを利用しようとする政治家たちや反対の声をあげる人たちがいるのもわかる。それらを丁寧に描こうとして、本来の冒険小説や前作にあったような小説のリズムが狂っており、力が入りすぎた印象は否めない。「これはロマンではない。リアルだ」と帯に描かれているのだが、やっぱりロマンの要素ももっと欲しかった。

七倉航の娘、羽純に関わるストーリーの前半が、「ネオウルフ・プロジェクト」とあまり関わらなかった、というかちょっと解離している部分があるのも気になった。フリーライターの飯島卓は暴走するマスコミの代表格として登場させたのだろうが、読み終えてみると不必要だった気もする。たとえそれが、羽純という存在を光らせるためにあったとしても。

そして本作の残念な部分は、前作の敵獣側である熊の「稲妻」やカガミジシの「三本足」のような存在がなかったこと。もちろんそれに位置するのが、中国から輸入されたオオカミ一家になるのだろうが、登場するのは物語後半から。これが最初から登場していれば、もう少し話の流れが違ったかもしれない。ただそうすると、中国でのオオカミ探索が無くなるわけだし、難しいところかなあ。

南アルプスの麓に住む作者だからなのか、自分の立場に固執する人間のエゴがよく見えるのだろう。自らの考えこそ絶対と考える人たちほど、迷惑な存在はない。そんな立場に振り回されつつも己を生きようとする生き物たち、そして時には人につきあい時には人に逆らいながらも絶対的な存在である自然というものの美しさがはっきり表れた作品。ただ、作者の思いが走りすぎているように思えたのが残念だった。