平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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泡坂妻夫『亜智一郎の恐慌』(双葉社)

亜智一郎の恐慌

亜智一郎の恐慌

江戸城の雲見櫓で地震乃間の警護するという名目で、一日中雲の動きを見て天気予報の真似事をしているという閑職・雲見番。安政の大地震と、機に乗じて城内に入り込んで変を起こそうとした賊を見破った事件をきっかけに、小普請方で上半身に普賢菩薩の彫物を入れている怪力男の古山奈津之助、甲賀百人組の一人で忍法百般を会得した名物男の藻湖猛蔵、元大手門の下座見役で、地震時に左腕を無くした芝居通の緋熊重太郎の3人が、番頭である亜智一郎の下、雲見番に拝命される。その正体は、将軍直属の隠密集団として。「雲見番拝命」。

野州白杉藩にて若侍と奥女中の不義を発端として藩主が30数名の藩士を自ら処刑したという文が目安箱に入れられた。将軍からの命を受けた亜と藻湖は町人に変装して野州白杉藩に入るが、そこで病人を連れた行列にいくつも出会ってしまう。「補陀落往生」。

将軍直々のお声掛けで嫁を世話された緋熊だったが気位が高く煙たくて仕方がなく、元吉原で今は本所にいる遊女の珠川に惚れてしまう。一方、地震を予知するという「地震時計」が、匠戸藩から将軍家定に献上された。そして珠川を含む2人の遊女と2組の客が一緒に心中を遂げた。「地震時計」。

世継ぎのないまま亡くなった十三代将軍家定だったが、かつて大奥の女中に手をつけたことがあり、お暇を言い渡された女中が男児を生んだという文を持ち続けていた。雲見番衆は、そのご落胤と母親を探し出す命を受けた。「女方の胸」。

家定から話を聞いていた十四代将軍家茂から雲見番衆に言い渡された最初の仕事は、家茂の写真を撮ること。藻湖が写真術を学び、無事に家茂の写真を撮ることはできたが、亜は写真に写った家茂の印籠に疑問を抱く。「ばら印籠」。

大老井伊直弼による安政の大獄の後、井伊を狙う尊皇急進派の探索で奉行所の手が足りない。そこで雲見番は奉行所の代わりに、お上の寵愛を受けている大奥の娘の妹で失踪したという旗本の娘の行方を捜索する。「薩摩の尼僧」。

尊王攘夷の嵐が吹き荒れるこの時節、将軍家茂に京都から孝明天皇の妹御、和宮を迎えるという話が持ち上がる。一方大奥で幽霊が出没するという話が蔓延する。命を受けた亜と緋熊が女に化け、大奥に入り真相を探る。「大奥の曝頭」。

最初は『野性時代』に1992年12月号-1993年1月号掲載、残りは『小説推理』に1993-1997年に読切掲載。1997年12月、双葉社より単行本刊行。



亜愛一郎の先祖である亜智一郎が主人公。これは当然読まなければ、と思って新刊で買ったのだが、実際に読んだのは今頃。16年以上積ん読だったかと思うと、本に申し訳ない、と毎度の台詞を吐く。まあ、そんな本が山ほど残っているのだが。

亜シリーズの番外編みたいな位置付けだから、こちらも奇想天外な推理が見られるかと思っていたのだが、残念ながらその辺は控えめ。特に後半、隠密という役職柄で幕末のご時世に絡んだ話が増えてしまうのは、仕方がないところかもしれないが期待はずれな部分でもあった。ただ、亜シリーズということを考えないと、幕末裏話という観点で読むことはできるので、それはそれで面白かった。

亜に限らず、実在人物を除いた登場人物のほとんどが、泡坂妻夫の過去の作品の登場人物を彷彿させるような人物であるところは、作者の遊び心といってよいだろう。第一話の「雲見番拝命」は、作品自体も亜シリーズを彷彿させるものであり、できることならこのトーンで書き続けてほしかったところである。