平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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連城三紀彦『夜よ鼠たちのために―連城三紀彦傑作推理コレクション』(ハルキ文庫)

画家の真木祐介のところへ、別居中の妻契子が新宿のホテルで殺害されたとの電話が警察から入った。しかし、そんなはずはない。ついさっき、寝室で契子を殺し、自らの手で死骸を裏庭に埋めたばかりだったのだ。「二つの顔」。

若い刑事が警察を辞めて1年。たった2年で辞めた本当の理由は、辞職直前に起きたある誘拐事件が理由であった。今、その本当の理由を、可愛がってくれた先輩刑事に手紙で送る。「過去からの声」。

交通事故による下半身麻痺の少女・千鶴がネクタイで首を絞められていた。管理人の息子によって一命は取り留めたが、いったい誰が犯人なのか。犯行可能時刻に誰も入ることができなかったことに、管理人かつ世話係のサワは気付いた。「化石の鍵」。

興信所の調査員・品田は、土屋正治という銀行の重役から、妻の不貞を調べてほしいと頼まれた。ところが妻は金を散財するだけの奇妙な行動しか取らず、おまけに尾行に気付いて逆に接触してきた。「奇妙な依頼」。

総合病院の院長であり、白血病の権威でもある横住と、その娘婿で内科部長の石津純一が相次いで殺害された。横住のところへは、数日前から脅迫電話が掛かってきており、殺害方法からも警察は怨恨の線で捜査を進めた。容疑者として浮かび上がったのは、1か月前に白血病で亡くなった女性の夫であった。「夜よ鼠たちのために」。

46歳の冴えない男・香取修平は荻窪に屋敷を持つ財産家だった。そして6年前にクラブで知り合い、今も店に勤めている牧子のマンションも修平が買ったものだった。しかし30歳の牧子には、週に2,3度訪れ、1,2時間過ごすだけの修平を待つ生活を暮らしは耐えられなかった。ましてや屋敷には静子という母親ほど歳が離れた女姓がいるのだから。牧子は古橋鉄男という銀行員と関係を持つようなり、逆に牧子を憎む静子は復讐から古橋と関係を持つようになる。「二重生活」。

人気俳優・支倉竣は、妻を殺害するためにこっそりと東京へ戻っていた。大阪では、半月前に現れた、支倉そっくりの男が代役を務めているはずだった。そう、この男が半月前に現れてから、支倉の生活は何もかもが変わってしまったのだ。「代役」。

正当防衛のはずが、偽証で殺人事件として実刑判決を受けた元暴力団組員の男。仮出所後、偽証で男を裏切った元愛人と弟分を追い、この町までやって来た。「ベイ・シティに死す」。

落ちこぼれ高校の音楽教師、水木麻沙のところへ、先月退学させられた宮本典子から電話が掛かってきた。慌てて彼女たちがいるという山奥の別荘は駆けつけると、同じく退学した暴走族仲間のリーダー格が殺されていた。残り4人の中に犯人がいるのか。そして、一昨日に起きた体育教師殺害事件との関連があるのか。「ひらかれた闇」。

1981〜1983年に『週刊小説』に掲載され、1983年に実業之日本社Joy novelsでまとめられた短編集(後に新潮文庫化)に、『小説推理』『小説現代』『ルパン』に1981年に掲載された3編を加えて再編集され、1998年11月に刊行。



連城三紀彦は、何となく手を出していなかった作家の一人。花葬シリーズは一応読んでいたが、他を読もうとしなかったのは、単なる巡り合わせだろう。今回、文春のオールベストに選ばれていたことから、ダンボールの底から購入だけしていた本書を引っ張り出した。

読んでみると、いかにも連城らしい技巧溢れた作品で有り、どこかに仕掛けがあるのだろうと思っていながらも、読み進めるうちに作品世界にのめり込んでしまい、気がついたら作者に背負い投げを食らわされている結果となってしまう。単純な叙述トリックと異なった反転劇は、さすが連城マジックと言いたくなってしまった。

オリジナルに入っていた最初の6編は、いずれも唸るものばかり。特に「二つの顔」の不可能状況と、「二重生活」の鮮やかなラストは拍手もの。表題作の「夜よ鼠たちのために」は逆に社会派要素の方が恐ろしかった。「過去からの声」「化石の鍵」は本格ミステリらしい仕掛けを加味している点でも満足。「奇妙な依頼」は、探偵が行ったり来たりするとこが少々くどかったんじゃないかと思うが。

加えられた三編のうち、「代役」はすごい作品。ここまでやるのか、と作者に叫びたくなってしまった。「ベイ・シティに死す」は反転劇がそれほど面白いものではなく、「ひらかれた闇」は前8作と雰囲気が異なる作品で、説明を聞いても納得できるものではなかった。

解説にあるとおり、「ミステリーを好む者ならば、必ず満足できる希有な短編集」という評価に間違いは無い。