平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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柚月裕子『検事の本懐』(宝島社文庫)

検事の本懐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

検事の本懐 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

骨太の人間ドラマと巧緻なミステリー的興趣が見事に融合した連作短編集。県警上層部に渦巻く男の嫉妬が、連続放火事件に隠された真相を歪める「樹を見る」。東京地検特捜部を舞台に"検察の正義"と"己の信義"の狭間でもがく「拳を握る」。横領弁護士の汚名を着てまで、恩義を守り抜いて死んだ男の真情を描く「本懐を知る」など、全五話。第25回山本周五郎賞ノミネート作品、待望の文庫化。(粗筋紹介より引用)

別冊宝島』掲載の2作品に書下ろしを加え、2011年11月、宝島社より単行本刊行。2012年11月、文庫化。2013年、第15回大藪春彦賞受賞。



佐方貞人シリーズの第2作目。第1作目の『最後の証人』がひどかったので読む気は無かったのだが、本作品が大藪賞受賞ということで仕方なく手に取った。思っていたほどひどくはない。

米崎東警察署長の南場は、1年近く発生した連続放火事件の容疑者として、新井を別件でようやく捕まえる。しかし同期で南場のことをよく思っていない県警本部刑事部長の佐野が、今回の別件逮捕に不満を覚えており、横槍を入れる可能性は高い。米崎地検刑事部副部長の筒井は、南場の相談を受け、三年目の佐方定人を担当とする。ガサ入れで証拠が見つかり、新井も犯行を自供するも、使者が出た1件だけ否認した。「第一話 機を見る」。連続事件の1件だけを否定するというのは、昔からあるネタ。結末も見えており、面白さはない。

筒井が3年前に窃盗と住居侵入で起訴した小野辰二郎が再び送致された。出所当日、ディスカウントショップの貴金属売り場で腕時計を盗んだ罪で逮捕されたのだ。小野を見て怒りがこみ上げた筒井だったが、2年目の佐方に取り調べを任せた。自供、目撃証言、盗んだ腕時計を持っていたこと。簡単な事件かと思われたが、佐方は拘留期限まで小野を拘置し、不起訴にすると宣言した。「第二話 罪を押す」。これも既視感のある題材といえる。まあそれでも、人間を見る、という佐方の特徴をピックアップさせるには、お手頃の題材であった。

佐方の勤める検察庁に、高校時代の同級生である天根弥生から電話が入った。12年ぶりに再会した弥生は佐方に相談する。弥生はもうすぐ結婚するのだが、昔撮られたビデオのことで呉原西署の生活安全課に勤務する現職警官の勝野から100万円を強請られていた。佐方は12年前の約束を果たすため、弥生を助ける。「第三話 恩を返す」。佐方の過去の一端を見せた作品。佐方にもここまでの熱い感情があったのかと思わせる。まあ、人情ものとして読んだ方がいいだろう。

与党の大臣や参議院議員が絡む中経事業団疑獄で、東京地検特捜部から各地検に応援要請が出た。山口地検の加東は先輩の先崎とともに選ばれる。加東は押収物を分析する物読みを担当するが、証拠は見つからず、捜査の方も進展せず膠着状態となった。そのうち、逃亡中である経理事務の葛巻の行方を探すため、加東は葛巻の伯父の取り調べを担当することとなった。相棒は佐方だった。「第四話 拳を握る」。上の言う言葉は白でも黒と言わなければならない検察社会で、事実のみを指摘しようとする佐方の本領を書いた短編。佐方退場後がずるずると長いのは難点。もう少し書きようがあったかと思う。

ネタに困っていた週刊誌専属ライターの兼先は、10年以上も前に広島で弁護士が業務上横領で実刑になった事件を思い出す。金を返せば示談、悪くても執行猶予になったのに、なぜ横領した事実以外は黙秘したのか。ネタになると思った兼先は、亡くなった弁護士の息子である佐方を尋ねた。「第五話 本懐を知る」。佐方の過去、そして父親の過去が語られる短編。人情ものとしては、よくできているかな。本短編集のベスト。

佐方という存在を映し出すにはよくできている短編集だが、既視感のある題材が多く、佐方というキャラクターで物語を作り出している感は否めない。キャラクターではなく、事件の方でもう少し新味を出してほしい。正直言って、これがなぜ大藪賞なのかわからなかった。