平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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佐木隆三『闇の中の光』(徳間書店)

闇の中の光

闇の中の光

本書は、1981年に島根県で発生した石見町幼女殺害事件の事件発生から無罪判決が確定するまでを詳細に記したノンフィクション・ノベルである。『週刊時事』1992年3月31日号〜1993年6月12日号まで59回に渡って連載され、単行本時に大幅に加筆削除を行い、徳間書店より1993年9月、単行本で発売された。

佐木は全国の地方紙に、裁判官を主人公にした『正義の剣』(講談社文庫)という作品を連載している時、「松江の裁判を取り上げたらどうですか」と言われ、1989年に取材を始め、この事件を題材にしたシリーズ短編「藪のなか」を執筆した。一審判決終了後、連載を始めている。

そのほとんどが裁判記録とそれに纏わる人々の動きを記したものとなっている。

第一章で、1981年9月21日に開かれた松江地裁の初公判において川田芳広被告が否認し、国選弁護人である麻生和良が予想もしない展開に頭を抱えている姿が描かれている。警察が発表したであろう事件の概要を見る限りでは、彼が犯人であっても何らおかしくはない。やる気のない弁護士だったら、せいぜい飲酒の影響による情状酌量を求める程度だっただろう。麻生も事実、最初は情状面を訴えるしかなかったといっている。それにしても麻生はよく付き合ったものだ。後に私選弁護人となり、他に4人の弁護人が着くようになった。裁判の弁護など金にもならないのに、よくぞ付き合った、真実と向かい合おうとしたと言えるであろう。そういう意味で本書は、弁護人の苦闘の記録と言ってよい。

それにしてもこの事件では、地元で「公正な裁判を受けさせる会」が結成され、地元で支援運動が盛り上がったというのも無罪への大きな要因の一つだったと思われる。何事も日頃の行いが大事だということだろうか。

一審判決が出たのは1990年3月15日。初公判から8年半かかっているのである。川田の無罪確定後、「弁護人費用の補償」として裁判所から全額認められたのは、わずか91万5000円である。勾留日数が3163日に及んだ川田には、刑事補償額2973万2200円が支払われたが、そのうち1000万円を川田は弁護団への謝礼として渡したという。検察と戦った8年半に対する報酬として、あなたはどう思うだろうか。



巻末対談は佐木と、麻生和良の実名である吾郷計宜によるものである。裁判における苦労話はもちろんだが、裁判そのものの裏話も聞けて非常に興味深いものとなっている。