平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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安土茂『憎しみは愛よりも深し―実録・16歳連続女性殺人事件』(河出文庫)

本書は1966年暮れから1967年初めにかけて、若い女性が一人でいるところを盗みに入った混血少年に殺される連続強盗殺人事件である  警察庁広域重要指定106号事件、俗に「混血少年連続女性殺人事件」の名前で知られている事件の実録である。第一章で、16歳の少年が3人の女性を続けて殺害する様子から裁判の判決までを書き、第二章で過去に遡り生い立ちから事件までを書いている。そして第三章で服役中の様子から仮釈放までを書いている。

筆者は殺人事件で懲役刑を受け、大阪刑務所に服役しており、そこで少年と出会っている。出所後は人生相談のボランティア活動をすると同時に、『ああ大阪刑務所』『殺人者の獄』など多数の著書を発表している。本書は少年から直接聞いた話に基づく実録である。

事件自体は冷酷・残虐そのものであり、母親に捨てられたり、混血ということで差別されてきたという過去を持つからとはいえ、そういう過去は被害者には全く関係のないことであり、犯人に同情の余地は全くない。事件そのものについては淡々と書かれているだけであるが、それでも犯行の残虐さがよくわかる文章になっている。

興味深いのは、求刑で死刑を受けたときの動揺であろうか。求刑から判決までの間、死刑に怯えてやせ細っていく姿は、「死刑」という刑の恐怖を物語っている。ただし、その恐怖に気づくのは犯行前ではなくて、犯行後であったことが非常に残念だが。

22歳で大阪刑務所に送られた少年は、ジャンボというあだ名で過ごすことになる。刑務所では担当の刑務官に虐められる。些細なことで訓戒、懲罰を受け、涙を流すその姿に、事件当時の残虐なイメージは全くない。一人の気の弱い少年の姿がそこにある。たぶんこれが、本当の彼の姿だったのだろう。気の弱い人間こそ、怒りがたまったときに暴発する。母親に捨てられたという事実が、常に彼の頭の中にあったのだろう。

逮捕されてから22年後、38歳になった1988年、彼は仮出獄を許可された。そして本書が出版された1999年まで、彼は真面目に働いている。かつての同房のものに折角貯めた100万円を踏み倒され、筆者に泣きつくその姿に、事件当時の面影は全くない。刑務所内で心に決めた「誰とも結婚しない」という誓いは、まだ守られている。そして毎日、仏壇に香華を添え、黙祷している。



本書を読むと、事件、報道、裁判から受ける犯人のイメージと、実際(と思われる)犯人のイメージが全く異なることに気付かされる。もちろん、犯人の全てが報道のイメージと異なるというつもりはないのだが、真の姿というのは違うものなのかなと考えさせられる。

ただ、この姿を見て当時の被害者遺族はどう思うだろうか。私は、犯人自身の自己満足にしか見えてこない部分がある。少なくとも、犯人が償おうとする気持ちは、被害者遺族には届いていない。そしてまた、償おうとする気持ちに対する被害者遺族の心は誰にも伝える場所がない。かけがえのない妻や子を理不尽に奪われた思いは、時間の経過だけでは癒されないだろう。何らかのシステムが必要かと思われるのだが、この答えはまだ誰にも見つかっていない。