平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

坂上泉『渚の螢火』(双葉社)

 警視庁に出向していた琉球警察の真栄田太一警部補は本土復帰が5月15日に迫る1972年4月、那覇にある本部に帰任する。その直後、沖縄内に流通するドル札を回収していた銀行の現金輸送車が襲われ100万ドルが強奪される事件が起きる。琉球警察上層部は真栄田を班長に日米両政府に知られぬよう事件解決を命じるが……。本土復帰50年を前に注目の著者が描くノンストップサスペンス。(帯より引用)
 2022年4月、書下ろし刊行。

 

 坂上泉の新作は、本土復帰直前の沖縄が舞台。一作目が西南戦争、二作目が昭和29年の大阪市警視庁。時代背景を変えてよくこれだけ書けるものだと感心しているが、本作はどうか。
 主人公である琉球警察の真栄田太一警部補は日大で学び、二年間警視庁に出向して沖縄に帰ってきたばかり。新設された「刑事部沖縄県本土復帰特別対策室」に配属された。もっともこの対策室は、復帰を前に実績作りを急ぐ座間味本部長と、その命を受けた喜屋武警視正が、本来仕切っている警務部から通貨偽造取り締まりの仕事を奪ってできたものであり、周りからの評判は悪い。対策室には室長でベテラン捜査官の玉城泰栄と捜査班長の真栄田、そして事務員の新里愛子だけ。東京で知り合って結婚した妻の真弓は父親が元警察官であり、出産のために東京の実家に帰った。真栄田は本土の大学を出て本庁帰りということもあり、内地人(ないちゃー)と差別されている。4月28日の午後七時、琉球銀行の現金輸送車が襲われ、回収した100万ドル(当時のレートで3億6000万円)が奪われた。もしこの事が表に出れば、日米間の高度な外交紛争に発展する。そこで上層部は、対策室だけで極秘に事件を解決するように命じた。助っ人として配属されたのは、事件発生時に駆けつけた石川署捜査課の比嘉巡査。そして真栄田の高校の同期で、真栄田の事を露骨に敵視する刑事部捜査第一課の班長となった与那覇警部補であった。
 あまりミステリでは取り上げられない時代なのか、それとも単に私が勉強不足なだけなのかはわからないが、本土復帰直前の沖縄の時代背景がよく描けているように感じた。詳しい人ならもしかしたら矛盾点を見つけるのかもしれないが。ほとんど知らない時代背景を、会話などでテンポよく読ませる力は大したもの。本土復帰までに100マンドルを回収しなければならないというタイムリミットサスペンスとしての面白さもあり、快調にページをめくっていたのだが、途中で既視感を抱いて立ち止まってしまった。『インビジブル』と同じなんだよな、人物の配置が。前作と同じような配置で書かれると、さすがに首をひねりたくなる。沖縄という舞台の特殊性を出すための措置だろうが、ちょっと安易に思える。
 さらに後半になると、話がどんどんそれていっている感じしかしない。沖縄が負った深い傷をこれでもかとばかりに表面化していったが、前半のタイムリミットサスペンスの面白さを削ぐ結果になっている。いやまあ、沖縄の歴史を考えると重苦しくなるのは仕方がないのかもしれないけれど、もうちょっとすっきりした結末にできなかったのだろうか。最後の閉め方が、奥田の某作品と同じ。いや、その前にもっと書くことがあっただろう。
 もっと時間をかけて仕上げるべきじゃなかったのだろうか。生煮えで出された料理みたいな物足りなさを感じた。前半が良かっただけに、残念である。まあ、次作に期待したい。

T・S・ストリブリング『カリブ諸島の手がかり』(国書刊行会 世界探偵小説全集15)

 南米の元独裁者が亡命先のキュラソー島で食事中、ホテルの支配人が毒殺された。休暇で西インド諸島に滞在中のアメリカ人心理学者ポジオリ教授が解き明かす皮肉な真相「亡命者たち」。つづいて、動乱のハイチに招かれたポジオリが、人の心を読むヴードゥー教司祭との対決に密林の奥へと送り込まれる「カパイシアンの長官」。マルティニーク島で、犯人の残した歌の手がかりから、大胆不敵な金庫破りを追う「アントゥンの指紋」。名探偵の名声大いにあがったポジオリが、バルバドスでまきこまれた難事件「クリケット」。そして巻末を飾る「ベナレスへの道」でポジオリは、トリニダード島のヒンドゥー寺院で一夜を明かし、恐るべき超論理による犯罪に遭遇する。多彩な人種と文化の交錯するカリブ海を舞台に展開する怪事件の数々。「クイーンの定員」にも選ばれた名短篇集、初の完訳。(粗筋紹介より引用)
 1925~1926年に発表された作品をまとめ、1929年、刊行。1997年5月、邦訳刊行。

 

 作者はテネシー州生まれ。教師、弁護士、雑誌編集者を経て作家になり、1932年に『ストアー』でピューリッツアー賞を受賞。純文学作品の傍ら、30年以上にわたってボジオリ教授シリーズは書かれた。
 名探偵の退場を描いた作品の中で最も悲劇的な作品、「ベナレスへの道」でポジオリ教授は知っていた。クイーンの定員にも選ばれていたのは知っていたが、ようやく手に取って読んでみる気になった。
 それにしても、ボジオリ教授ってどこが名探偵なの、と聞きたくなるような連作短編集。「亡命者たち」はなんとか解決するも、中編「カパイシアンの長官」は振り回されてばかりだし、「アントゥンの指紋」はよれよれな推理だし、「クリケット」ではもうダメ。「ベナレスへの道」については言うまでもないだろう。名探偵への皮肉としか思えない。この作品集の面白いところは、当時のカリブ海の島々の描写かな。というか、そこだけ。
 やっぱり「ベナレスへの道」があるから、この短編集に価値がある、としか言いようがない。いろいろな意味で、斬新な終わり方だった。……なんて思っていたけれど、まさかこの後も書き継がれるとは思わなかった。この作者、凄いな。

笹本稜平『流転 越境捜査』(双葉社)

 神奈川県警瀬谷警察署の不良刑事、宮野裕之が横浜市内の電車の中で偶然見かけたのは、指名手配犯の木津芳樹であった。12年前、都内の富豪一家三人が奥多摩の山荘で惨殺された事件で、実行犯の二人の中国人は捕まってすでに死刑判決が確定したが、教唆したとされる元メガバンク行員の木津はすでに日本を離れていたため、国際指名手配されていた。事件直後、被害者の銀行口座から20奥円を上回る資金がオフショアの匿名口座に振り込まれていた。これはタスクフォースの格好のターゲットだ、と宮野は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の鷺沼友哉に連絡を取り、捜査に乗り出すこととなった。しかしその人物が木津本人である確証はない。鷺沼と井上拓海巡査部長は木津が住んでいるマンションの運営会社を訪れると、総務部長の中村は高木正敏という人物だと答えた。ただ、中村の様子がどうもおかしい。鷺沼達は引き続きマンションを見張ることとした。
 『小説推理』2020年11月号~2021年11月号連載。2022年4月、単行本刊行。

 

 笹本稜平の人気シリーズ第九弾。本作では十二年前の富豪一家三人惨殺事件で国際指名手配されている人物を見かけたところから始まって捜査に乗り出すが、事件には裏があり、捜査を続けていくと前科持ちの元銀行員や半グレや闇金女王などが出てきてさらに事件は広がっていく。宮野を始めとするタスクフォースの面々は消えた20億円とともに事件の真相を追い続ける。鷺沼と宮野だけでなく、三好章係長、井上拓海巡査部長、山中彩香巡査、元やくざでイタリアレストランチェーンオーナーの福富といった面々も活躍する。
 今回は十二年前の凶悪事件の謎に挑むが、次から次へと悪人たちが出てきて一筋縄ではいかない。途中で捜査一課が横取りする展開もあるが、今回は最後まで考えられたストーリーとなっている。少なくとも、結末直前でのドタバタ感は見られない。例によってちょっと都合よすぎる展開があることは否めないが、最後はバラバラだったピースがうまくまとまった。あまりにも露骨すぎる宮野がどうかと思うが、最後はスカッとした終わり方になっているので良かった。
 作者が亡くなったので、本シリーズはこの作品をもって最終巻となってしまった。勝手な想像だが、次作は井上と彩香の結婚があるのではないかと思われたので、非常に残念。本作が遺作ということになるのだろうか。
 作者のご冥福をお祈りいたします。

「推理クイズ」の世界を漂う

https://hyouhakudanna.bufsiz.jp/mystery-quiz/index.htm
「このクイズの元ネタを探せ」に推理クイズを1問追加。元ネタがいくつか判明。情報追加。

 いろいろと情報をいただきました。有難うございました。アップが遅くなり、申し訳ありませんでした。