平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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ウォルター・S・マスターマン『誤配書簡』(扶桑社)

誤配書簡

誤配書簡

 

  スコットランド・ヤードのアーサー・シンクレア警視のもとへかかってきた1本の電話。それは、内務大臣、ジェームズ・ワトスン男爵の殺害を告げるものだった。同じく謎の電話でシンクレアを訪れてきた元法廷弁護士の私立探偵、シルヴェスター・コリンズとともに大臣の自宅へおもむくと、施錠された書斎の内部に、頭部を撃たれた死体が。死亡推定時刻は、わずか30分。いったい誰が、どうやって密室殺人におよんだのか、そして犯行予告の主は? そんななか警視の部下、ルイスが謎の失踪を遂げ、いっぽう探偵は大臣の令嬢、メーベルの複雑な悲しみを知る……(粗筋紹介より引用、一部付記)
 1926年、イギリスで発表。2021年1月、邦訳刊行。

 ウォルター・シドニー・マスターマンは1920-1940年代に活躍したイギリスの大衆小説家。探偵、怪奇、幻想、SFと広いジャンルの作品を書いていたとのこと。と訳者付記に書いているが、まったく知らなかった作家。所々で話題になっていたようで、目について興味を持ったので購入してみた。元々は訳者の夏来健次が2018年にKindle私家版として刊行していたものの改訂版。

 序文がG・K・チェスタートンで、冒頭から「わたしは己が真正な心情のすべてにかけて、のみならず厳正な責任のすべてにかけても、この探偵小説にはみごとに欺かれたと公言することができる」と書かれていて、正直言って期待値がガクッと下がったのだが、読んでいくうちにこれは結構面白いなと期待値がどんどん上がっていった。ちょっと時代がかったところのある表現や言葉遣いは、100年近く前の作品だから仕方がないか。もっともそれが、黄金時代の探偵小説を読んでいる気分になったのは事実。懐かしさも込みで、楽しめた。
 密室トリックや犯人の正体については前例のあるものだったが、それを考慮しても十分面白い。これだけのページ(153ページ)で謎解きだけでなくロマンスやホラー要素も加味し、ドラマティックな展開のラストまで読者の目を離さないのは見事。ちょっとだけ乱歩の通俗物を思い出した。
 なんで今まで訳されてこなかったのだろう。もっと話題になってもよかった作品。意外な拾い物だった。

トム・ロブ・スミス『偽りの楽園』上下(新潮文庫)

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

偽りの楽園(上) (新潮文庫)

 
偽りの楽園(下) (新潮文庫)

偽りの楽園(下) (新潮文庫)

 

 両親はスウェーデンで幸せな老後を送っていると思っていたダニエルに、父から電話がはいる。「お母さんは病気だ。精神病院に入院したが脱走した」。その直後、今度は母からの電話。「私は狂ってなんかいない。お父さんは悪事に手を染めているの。警察に連絡しないと」。両親のどちらを信じればいいのか途方に暮れるダニエル。そんな彼の前に、やがて様々な秘密、犯罪、陰謀が明らかに。(上巻粗筋紹介より引用)
 母と対面したダニエルは、スウェーデンの片田舎で蔓延る狂乱の宴、閉鎖された農場で起きた数々の悪事を聞かされる。しかも、母は持ってきたショルダーバッグの中から、それぞれの事件の証拠品を次々と提示していく。手帳、写真、新聞の切り抜き……。ダニエルは、その真相を確かめるべく、自身がスウェーデンへと向かった。そこで彼を待ち受けていたのは、驚愕の事実だった――。(下巻粗筋紹介より引用)
 2014年、発表。2015年8月、邦訳刊行。

 

 レオ・デミドフ三部作から4年後の作者の新刊。三部作はスケールが大きかったけれど、本作はスウェーデンの片田舎での出来事。かなり意外だったけれど、これはこれで何か面白い話になるのかなと期待していたんだけど……。
 ダニエルのところに精神病院から逃げ出した母親が来て、自分が遭遇した悪事について述べるのだが、これがなんと下巻の半分くらいまで続く。なんだかまとまりがないというか、長いというか。読んでいてイライラしてくる。下巻の後半になってようやくダニエルがスウェーデンに行き、あっさりと真相がわかってしまう。なんだ、この呂律の回らない物語は。
 うーん、つまらなかった、の一言に尽きるかな。題材自体は悪くないから、もっとちゃんと小説を書いてくれれば、滋味のあふれる佳作ぐらいにはなったような気がする。