平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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そえだ信『地べたを旅立つ』(早川書房)

地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険

地べたを旅立つ 掃除機探偵の推理と冒険

  • 作者:そえだ 信
  • 発売日: 2020/11/19
  • メディア: 単行本
 

 鈴木勢太、性別男、33歳。未婚だが小学5年生の子持ち。北海道札幌方面西方警察署刑事課勤務……のはずが、暴走車に撥ねられ、次に気づいたときには……「スマートスピーカー機能付きロボット掃除機」になっていた! しかもすぐ隣の部屋には何故か中年男性の死体が。どんなに信じられない状況でも、勢太にはあきらめられない理由があった。亡き姉の忘れ形見として引き取った姪・朱麗のことだ。朱麗の義父だった賀治野は、姉と朱麗に暴力を働き接近禁止令が出ていたが、勢太がそばを離れたとわかったら朱麗を取り戻しにやってくる。勢太の目覚めた札幌から朱麗のいる小樽まで約30キロ。掃除機の機能を駆使した勢太の大いなる旅が始まる。だが、行く手にたちはだかる壁、ドア、段差! 自転車、子ども、老人! そして見つけた死体と、賀治野と、姉の死の謎! 次々に襲い掛かる難問を解決して小樽に辿り着き、勢太は朱麗を守ることができるのか?(粗筋紹介より引用)
 2020年、第10回アガサ・クリスティー賞大賞受賞。応募時タイトル「地べたを旅立つ――掃除機探偵の推理と冒険」。改題、加筆修正のうえ、2020年11月、刊行。

 

 作者は過去、鮎川哲也賞アガサ・クリスティー賞の最終選考に残っている。そのせいか、名前だけは憶えていた。普段ならクリスティー賞はほとんど読まないのだが、今回は帯を見て購入する気になった。主人公が掃除機になるんだよ、掃除機に。しかも「掃除機になっても、きみを守る」とまで書かれたら、気になって仕方がない。表紙はライトノベルっぽいのでそこまで重くないだろうし、手軽に読むにはいいだろうと思った。
 交通事故で意識不明の重体になった鈴木勢太が、なぜかロボット掃除機に意識が移り、しかも目の前に死体。Androidが搭載されたCPUが入っていて、Wi-Fi環境にあればインターネット検索もメール送受信も可能。カメラもついていて、外の様子を知ることができる。今現在は、施錠された部屋の中で、死体と一緒。本格ミステリファンなら心振るえそうな設定だが、主眼は別。姪・朱麗を守るために、札幌から小樽への大冒険である。
 まあばかばかしい設定と言ってしまえばそれまでだが、掃除機ならではの苦悩と、掃除機の利点を生かした冒険譚が楽しい。途中で親子心中を助けたり、拾ってくれた老夫婦のピンチを救ったり。旅の通りすがりに人助けをしていくというのはよくある設定だが、これが掃除機なのだから、色々と工夫ができる。その過程の描き方が巧い。途中で差し込まれるのは、ありきたりな話ばかりなのだが、なぜか掃除機というフィルターを通してみると感動するから不思議だ。
 密室殺人事件の方は、トリックこそ単純だが、目覚めた時の自分や周囲の状況を調べていく過程にヒントが隠されているのがうまい。さらにこの事件も、最後の冒険譚につながっていくところもよく考えられている。
 なんかこうしてみると、べた褒めだな。まあちょっと短めなところもあって、ぼろが出ないうちにうまく話を終わらせられたというのがあるかもしれない。それでも最初から最後までよく考えられているとは思った。掃除機の設定以外はパターン化されたものばかりということもあって、さすがに傑作という気はないけれど、人には薦めたくなる一冊である。無機物の掃除機に人格が移るか、という設定が耐えられない人は無理だろうけれど。