平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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福井晴敏『亡国のイージス』上下(講談社文庫)

亡国のイージス 上 (講談社文庫)

亡国のイージス 上 (講談社文庫)

 
亡国のイージス 下(講談社文庫)

亡国のイージス 下(講談社文庫)

 

  在日米軍基地で発生した未曾有の惨事。最新のシステム護衛艦いそかぜ》は、真相をめぐる国家間の策謀にまきこまれ暴走を始める。交わるはずのない男たちの人生が交錯し、ついに守るべき国の形を見失った《楯(イージス)》が、日本にもたらす恐怖とは。日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞大藪春彦賞をトリプル受賞した長編海洋冒険小説の傑作。(上巻粗筋紹介より引用)
 「現在、本艦の全ミサイルの照準は東京首都圏内に設定されている。その弾頭は通常に非ず」 ついに始まった戦後日本最大の悪夢。戦争を忘れた国家がなす術もなく立ちつくす時、運命の男たちが立ち上がる。自らの誇りと信念を守るために――。すべての日本人に覚醒を促す魂の航路、圧倒的クライマックスへ! (下巻粗筋紹介より引用)
 1999年8月、講談社より書き下ろし刊行。2000年、日本推理作家協会賞日本冒険小説協会大賞、第2回大藪春彦賞を受賞。2002年7月、講談社文庫化。

 

 乱歩賞受賞作『Twelve Y. O.』は周囲に聞くと賛否両論だったが、それは作品のテーマに比べてページ数があまりにも少なすぎたからに過ぎない。私はそう主張していたけれど、本作で一気にその7才能を開花させ、ベストセラー作家になった。こうなると、逆に読む気が失せるんだよなあ(苦笑)。とはいえいつまでも読まないと変だな、と思って時間があるときに手に取ってみた。
 こうして読んでみると、どことなく漫画チック。国防問題とかは納得するところがあるし、北朝鮮も含めて背景はうまく書けているのだが、登場人物がかなり戯画的。なんか単純だな、と思う人が多いのはどうなんだろう。若者ってそんなものかな。それ以上にストーリーが本当にアクション漫画そのもの。下巻あたりからの如月と仙石の動きは、普通に考えれば無理でしょ、と言いたい展開。まあ、楽しく読めたけれどね。楽しく読めたのだけれども、せっかくのテーマが急に軽くなっちゃったな、と読み終わってから感じてしまい、ちょっと残念だった。まあ、重いままの話が進むようじゃエンターテイメントとしては失格だから、ああいう冒険活劇の世界に走るしかなかったんだろうけれど。
 面白いよ、面白い。長いけれど、面白い。そこは認めるけれど、何だかなあ、もっと悲劇的な部分があってもいいのかな、なんて思ってしまう。それともエンターテイメントは、こうあるべきなのかな。

吉来駿作『キタイ』(幻冬舎)

キタイ

キタイ

 

  8人の高校生は、死んだ仲間・葛西を甦らせようと死者復活の儀式・キタイを行う。それから18年、復活を遂げた葛西はキタイの秘密を知る仲間を殺し、永遠の命を得ようとするが……。死者による、時を超えた惨劇が始まる。(「TRC MARC」の商品解説より引用)
 2005年、第6回ホラーサスペンス大賞受賞。加筆修正のうえ、2006年1月、幻冬舎より単行本刊行。

 

 第一章は、18歳の姿のままの葛西が、かつての仲間を殺し続け、女は犯す。第二章は18年前、登場人物の高校時代の話。第三章は、第一章で残った者たちと葛西が対峙する。
 綾辻行人が選評でスティーブン・キングの『IT』や『ペット・セマタリー』を先行作品として挙げていたが、どっちも読んでいない身としてはさっぱりわからない。死者が甦る方法としてはなるほど、ありだなとは思って読んでいたが、対象によって異なる部分があったりしてご都合主義だなと思わせる。そもそも、肝心の中身が読みにくくて辛い。第一章は唐突に視点が変わるし、登場人物の描写が足りなくてどんな人物だかよくわからないまま話は進むしといった次第。そして第二章はなんだか痛々しい高校生がたどたどしく破局に向かっている印象しかない。第三章になってようやくホラーらしさが出てきて、物語もテンポよく進む。登場人物をもっと減らし、過去パートをもっと整理すれば、より怖い作品ができたんじゃないか?
 改善点がいっぱいあって、何だかもったいない。葛西のあくどさをもっと突き詰めて書いた方がよかったと思う。なんかアイディアを整理しきれないまま、勢いだけで書いたような作品だった。

米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

  • 作者:米澤 穂信
  • 発売日: 2020/01/30
  • メディア: 文庫
 

  「わたしたちはこれから、新しくオープンしたお店、パティスリー・コギ・アネックス・ルリコに行って新作マカロンを食べます」その店のティー&マカロンセットで注文できるマカロンは三種類。しかし小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っていた。誰がなぜ四つめのマカロンを置いたのか。それ以前に、四種の中で増えたマカロンはどれか。「ぼくが思うに、これは観察力が鍵になる」小鳩君は早速思考を巡らし始める……。心穏やかで無害で易きに流れる、誰にも迷惑をかけない小市民になるべく互恵関係を結んだあの二人が帰ってきました! お待ちかねシリーズ十一年ぶりの新刊、四編収録の作品集登場。(粗筋紹介より引用)
 2016~2019年に『ミステリーズ!』に掲載された「巴里マカロンの謎」「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」に書き下ろし「花府シュークリームの謎」を収録。2020年1月、創元推理文庫より刊行。

 

 『秋季限定栗きんとん事件』依頼11年ぶりの小市民シリーズ最新作。とはいえ、今回の四作品はいずれも小鳩君と小佐内さんが高校一年生であり、シリーズ番外編と言える。
 二人が抱える重いテーマが出てこない分、ストレートに二人のシリーズを楽しむことはできる。謎自体はいずれも小粒であるし、推理にもそれほど飛躍があるわけではなく、シリーズファンだったら楽しめればいいでしょう、みたいな雰囲気は否めない。もちろん、単独で読んでもわかるような内容にはなっているが。
 とりあえず、出たことを素直に喜べばいいんじゃないかな、これは。作者がシリーズの感覚を取り戻そうとしている作品集でしょう。個人的には、オチがほとんど見えていても笑ってしまった「伯林あげぱんの謎」が好き。

海渡英祐『影の座標』(講談社)

影の座標 (1968年)

影の座標 (1968年)

 

  中堅だが技術水準の高い光和化学の平取締役・研究所次長であり、社長関根俊吾の長女光子の婿でもある岸田博が土曜日の夜から行方不明となった。岸田は堅物で酒や女にも興味がない。しかも工業薬品の新製品開発の中心人物あった。関根は調査課の雨宮敏行と社史編纂担当の稲垣に、岸田を探してほしいと依頼する。雨宮は父親が元警視庁の名警部で、自らも高校時代から父親に協力して鋭い推理力を発揮しており、仲間内からはエラリイ・レーンというニックネームが与えられていた。しかし法律の勉強が性に合わず、平凡な会社員になっていた。雨宮の大学時代の同窓で、営業部係長の佐伯達也が関根の次女和子と交際しており、話を聞いた和子が関根に推薦した結果であった。そして雨宮は中高時代の同窓生である稲垣に協力を依頼したのだ。
 調査を進める二人だが、手がかりが少なく難航。社長秘書の北山卓治は、三年前に使い込みで首になった荒木進の存在を思い出す。また関根の元養子で現在は公認会計士の河村久信を訪ねても心当たりがない。しかし岸田の部下である小林幹夫が給料以上の遊びをしていることを突き止め、小林の家を訪ねるも、小林は殺されていた。
 1968年9月、講談社より刊行。

 

 海渡英祐は1967年に『伯林―一八八八年』で第13回江戸川乱歩賞を受賞しているので、本作は受賞後第一長編になるのかな。
 ワトソン役となった稲垣の視点で物語が進む。昭和40年代でレーンだとのワトソンだのちょっと時代錯誤かなと思いながら読み進めた。最初の事件が殺人ではなく失踪というところがうまい。殺人ではすぐ警察が出てくるので、あえて失踪とすることで素人の人物が捜査に乗り出す点を自然にしている。素人探偵の雨宮自身が「今日では、名探偵なんてものは、存在価値がないんだよ」と言うのも、書かれた時代を考えるとものすごくリアリティがあるし、だからこそ雨宮の立ち位置が絶妙と言える。
 事件の背景はどちらかと言えば当時の社会派推理小説に寄せていながらも、内容は骨のある本格推理小説で、アリバイのない人物、動機のある人物を探していくうちに意外な犯人像が浮かんでくる。謎の出し方が小出しでタイミングが良く、そして一つの事実が発見されると新しい謎が浮かぶという王道の展開で全く飽きが来ない。
 作者にしても乱歩賞後なのでかなり力を入れただろうが、それにふさわしい力作。細部まで考え抜かれており、面白かった。きめ細やかな作品、と言っていいだろう。