平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』(文藝春秋)

ベルカ、吠えないのか?

ベルカ、吠えないのか?

『アラビアの夜の種族』でミステリファンとSFファンの両方の度肝を抜いた作者の5年ぶりの書き下ろし長編。2005年4月、四六判で書きおろし刊行。

1943年、キスカ島で当時の日本兵が残していった四頭の軍用犬、北、正勇、勝、エクスプロージョン。四頭は様々な形で生き残り、他の犬と交わることで子を成していく。生まれ育った犬たちは、国境を超え、海を越え、思想すらも越え、世界中を渡り歩き、20世紀を生き延びていく。

何ともまあ、粗筋が書きにくい作品。そしてまた、全貌を把握することがむずかしい作品。犬たちが走り抜けるかの如く物語が疾走するため、ある意味読者を置き去りにしても付いて来れるものだけ付いて来いと言っているような作品である。四頭の系譜が多種多様に渡るため、どの犬がどの犬の子孫だったかを探しに過去のページをめくることが何度あったことか。系図を書かないと話がこんがらがること、間違いなし。

犬たちへ語りかけるかのような文体が、私には読みづらかった。それが一種の独特な迫力とムードを醸し出していることは間違いないのだが。犬たちの系譜が物語の本筋なら、もう一本の筋としてソ連崩壊後のロシアにおけるマフィアとヤクザの邂逅からの物語が繰り広げられるのだが、こちらもまたわざと説明を省きながら物語を進めるものだから、理解するのに一苦労である。

それでも読んでいると、憑りつかれたようになってしまうのは、やはり作品自体に力があるからだろうな、と思ってしまう。犬の習性なんか多分無視しているのだろうけれども、納得させられてしまうのがちょっと悔しい。

個人的には軍用犬の歴史がわかったことが収穫。それ以外については、うーん、犬たちの巨大サーガにわけもわからず酔わされてしまったというのが本当のところだろうか。色々な意味で、この作者にしか書けないのだろうなと思ってしまった。