平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

佐藤究『QJKJQ』(講談社)

QJKJQ

QJKJQ

西東京市に住む私の名前は市野亜李亜、高校生。友達は誰もいない。街角にあふれる監視カメラとスマホが大嫌い。アメリカのバンド、マリリン・マンソンが好き。本物の鹿の角を自分で削って作ったペーパーナイフ「鹿角(スタッグ)ナイフ」を持ち歩いている。今日もナンパをしてきた男とドライブで林へ行き、キスの隙を狙ってスタッグナイフで相手を殺す。

母親、紀夕花(きゆか)はフィットネスジムでのウェイトトレーニングで20代のスタイルを保つ42歳。三角形のものが好き。街へ出て若い男を誘い、三階の専用の部屋で男をシャフトで殴って殺害する。ラクダのこぶに興奮するので、死にかける前に色々なところをシャフトで叩き、こぶを作って遊ぶ。

兄、浄武(じょうぶ)は二階の部屋に引きこもる21歳。亜李亜は11歳になるまでその存在すら知らなかった。180cm近い長身で、妹ですら見惚れる横顔。革製品が好きで、黒い革ジャンを着、ベルトを首に巻きつけている。インターネットで女の子を家まで呼び寄せ、三階の専用部屋でマウスピースを付けて女の喉を噛み千切る。胸につるはしを突き立て、シャベルを突っ込み、心臓を取り出して、床の上の天秤に載せる。

父、桐清(きりきよ)は住宅販売員の52歳。亜李亜は小さいころ、父とよく遊んでいた。趣味は無く、テレビもネットも見ないが、毎週木曜に届く「日本住宅売買新報」だけは必ず目を通す。父は外で殺すので、亜李亜は10数年前の一度しか父が手にかけたところを見たことが無い。その死体は、地下の物置に転がっている。

その日、父は早く家に帰ってきていた。学校から帰ってきた亜李亜は部屋に戻ると、いつも締め切られている兄の部屋が細く開いていて、中から血が流れていることに気付く。部屋を除くと、パン切り包丁で滅多裂きにされた兄の死体があった。亜李亜は一階に戻り、父を呼んで兄の部屋に行ったが、兄の死体は無かった。しかも廊下にこぼれていた地もきれいにふき取られていた。父は落ち着いたまま。母は部屋にいた。どの部屋にも兄の死体はない。ルミノール反応にも引っかからない。次の日の夜、学校から帰ってくると、母が消えていた。しかし、父は落ち着いている。そして父は言う、何も知らないと。そして「おまえならいずれみんなわかるだろう」と告げた。

2016年、第62回江戸川乱歩賞受賞作。応募時名義犬胤究。加筆修正のうえ、2016年8月、刊行。



作者、佐藤(きわむ)は1977年生まれ。2004年、佐藤憲胤(のりかず)名義の『サージウスの死神』で第47回群像新人文学賞優秀作を受賞し、デビュー。本作は乱歩賞二度目の応募となる。

家族全員がシリアルキラーという現実的ではない、異様な設定。兄が殺害され、死体が消え、母が失踪。これはもしかしてとんでもない家族内の、不可能殺人ものかと思って期待したのだが、いつしか主人公の自分探しに変わり、どんどん意外な方向に流されていく。これを面白く感じるかどうかで、本作の評価は大きく変わるだろう。そして私の感想は、ダメ。作者に都合のよい設定が後から出て、説明不足の登場人物が都合よく出てきて、話が転がっていくというのがどうも好きになれない。主人公が「理解」する展開が説得力に乏しく、説明が不足している。衒学的な内容や犯罪論などをつぎ込み、作者なりの世界観が作られているが、大きく広がったはずの風呂敷があまりにも小さかったという結末は非常に残念である。

文章は巧い。読者を引きずり込むだけの力がある。また、伏線の張り方も巧い。何気なく飛ばしていたところにヒントが隠されていたところには、感心した。登場人物もよく描けている。タイトルはどう読めばよいのか今でもわからないが、小説にあっている。結局この小説の評価は、この作者の世界観が受け入れられるかどうかにかかっていそうだ。私は説明不足、描写不足に写ったが、好きな人は好きだろう。

選評では、有栖川有栖が「平成の『ドグラ・マグラ』だ」と絶賛。同様に今野敏も絶賛している。湊かなえは一番高い評価をしているものの、作品自体はあまり好きでないと言っている。辻村深月は選考結果に納得しているものの、「新しい」ものではないと、評価は低い。池井戸潤は「謎解きは肩透かし」「これが周到に準備された小説といえるか」と評価は低い。強く推した二人とは、有栖川と今野のようだ。賛否両論が多いのは、売れる可能性があるということでもあるのだが、残念ながら「平成の『ドグラ・マグラ』」という評価は持ち上げすぎ。まあ、今までの乱歩賞にはない作品であることに間違いはない。これで説明が十分になされていればと思うと、残念でならない。