平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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麻耶雄嵩『隻眼の少女』(文藝春秋)

隻眼の少女

隻眼の少女

大学生の種田静馬は、死に場所を求めてガイドブックにも載っていないような栖苅村の温泉旅館・琴乃湯を訪れた。栖苅村には、かつて洪水を起こした龍の首を退治した不思議な力を持つスガル様がいた。そして今も琴折家には、スガル様が代々受け継がれ、村を治めている。村に来て四日目、今日も龍ノ淵でぼんやりと過ごしていた静馬の元に、古風な水干を着た17歳の一人の美少女が声を掛ける。父とともに琴乃湯に先に泊まっていた彼女の名は御陵みかげ。父は元警視庁捜査一課に所属した山科恭一、母は十数年前に亡くなった“隻眼の探偵”御陵みかげ。目の前にいる御影は二代目であり、彼女も隻眼であった。二日後、瀧の淵で琴折家の次代のスルガ様となる予定だった春菜が殺害され、首を斬られた。警察はよそ者で、近くに落ちていた手帳から静馬を容疑者として引っ張ろうとするが、みかげは現場の状況と推理によって、犯人は琴折家にいることを指摘する。後に活躍する御陵みかげの初舞台であった。しかし事件は、春菜の三つ子の妹、夏菜が殺害される。みかげは推理によって犯人を指摘するも、秋菜と山科が続けて殺害された。みかげは推理のミスを認め、そしてようやく事件の謎を解くも、静馬の前から姿を消す。18年後、栖苅村で再び事件が起きた。

2010年9月、書き下ろしで発売。第64回日本推理作家協会賞、第11回本格ミステリ大賞受賞。



麻耶雄嵩、5年ぶりの長編はシリーズものではなく、新たに御陵みかげという少女を名探偵に据えた本格ミステリ。私自身が麻耶雄嵩を読むのは9年ぶり。読んでいて驚いたのは、いつの間にこんなに文章がまともになったのだろうということ。かつての癖のある文章は影を潜め、とても読みやすい作品となっている。

今回はメルカトル鮎や木更津などのシリーズものではなく、新たに隻眼の少女、御陵みかげが名探偵としてデビューする。しかも初めての事件で推理を失敗し、助手見習いの男性種田静馬と結ばれ、父親は殺害され、ようやく解決するも静馬と別れ旅立ってしまう。こうやって読むと、本格ミステリファンならずともワクワクする設定ではないか。そして、それにふさわしい推理が繰り広げられる。特に最初の静馬への容疑者扱いに対する警察へのロジックはお見事としか言いようがない。これは麻耶の代表作となるか、そう期待した。

ところが第二部が始まると、色々な意味で裏切られる。18年後に起こる全く同じ首切りの方法で殺害される少女。それは、当時の犯人が生きていること、当時のみかげの推理が誤っていたことを示すものである。これ以上描くとネタバレになるからここで止めておくが、それにしてもこの展開はよくぞ考えたといってよい。読み終わってみると、色々な意味で本格ミステリの常識の裏をかき、それでいて本格ミステリであるという世界を構築している。見事なくらいアクロバティックな構成だとはいえるが、問題はその裏をかいた方法があまりにもちゃちだったところだろうか。それも含めて、本格ミステリファンを裏切ろうとしているのなら、作者の術中にはまっているのだろうが。

まあ、確かに当時大絶賛されたのはよくわかる。解決後のもやもや感も、最後はキャラクターに救われるようにしているのも、巧みである。読み終わってみると、作者が『翼ある闇』のころからやろうとしていることに変わりがないことがよくわかった。