平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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望月武『テネシー・ワルツ』(角川書店)

テネシー・ワルツ

テネシー・ワルツ

塾講師の川村孝之の友人・馬渕が用水路で死体となって発見された。孝之は一週間前に馬渕と自宅で会っており、『テネシー・ワルツ』という古いレコードと8ミリフィルムを彼が大事そうに持ち歩いていたことを思い出す。孝之は事件の真相がそこに隠されているのではないかと独自に調査を始め、終戦間際にアメリカ兵を匿った母子の悲劇を知る…。六十年に亘る愛憎劇と親子の絆をテーマに描いた社会派ミステリ。(帯より引用)

2008年、第28回横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞受賞。2010年1月、加筆改稿の上、ソフトカバーにて刊行。



第28回の大賞は受賞作無し。発表されたのが2008年1月、本書の発売は2010年1月。次の回である、第29回大賞『雪冤』と優秀賞『僕と『彼女』の首なし死体』は2009年5月刊行。……となると、本書の出来がどういうものか、おおよそわかるであろう。相当苦労して加筆したのか、ドラマ化に合わせて出版したのかはわからないが、はっきり言って面白くない。

友人でコンビニ経営者の馬渕が殺害された理由を追う塾講師の川村孝之。終戦間際に墜落した米軍機のアメリカ兵を匿う母子。二つの物語が平行で進められ(ウェイトとしては現代の謎がやや重い)、馬渕が誰かを恐喝していたこと、恐喝の材料にある女性が絡んでいたことがわかってくる。

物語としては一応まとまっている。ただそれだけ。孝之の父親は妻の不倫相手を殺害しようとして懲役刑を受けて入所中。母親は実家に逃げ帰り、妹は父を庇おうとしなかった孝之を恨んで家出中。そんな孝之の所へたまに訪れてくるのは、元々父親の友人だった馬渕。そんな馬渕が殺害され、孝之は父の事件を扱った篠原刑事にアリバイを聞かれる。そのまま孝之は江利チエミテネシー・ワルツ」のレコードと8ミリフィルムを大事そうに持っていたことを思い出し、事件の真相を探るという展開。友人がほとんど無い孝之とはいえ、馬渕殺害の謎を追いかけるという展開がまず疑問。そこまでの深い付き合いとは思えない相手の謎を追いかけようという必然性に乏しいし、その心情は全然書かれていない。おまけに謎の相手に追いかけられるは、怪我を負うはで、いいところは何もない。父親の取り調べを行った刑事と手を組む展開というのも首をひねる。調べていくと簡単に謎に手が届くというのはどうかと思うし、警察ももうちょっとがんばれよと言いたい。追及の手がなくなると都合良く手掛かりや証拠の品は出てくるし、追われる方はどんどんぼろを出してくる。恐喝のネタについても、何も殺人までといいたくなるようなもので説得力に乏しい。犯人の正体に至ってはあまりにも唐突。

結局、安っぽい2時間ドラマを見せられているとしか思えなかった。作者はシナリオライターで、場面の切替が唐突かつ描写不足なのもなるほどと思った次第。「テネシー・ワルツ」のレコードも、別にこのタイトルでなくても良かったし、離散した孝之の家族の再会という隠れたテーマも物語にほとんど溶けこんでいない。

テレビ東京賞は、一次選考通過作品の中から映像化にふさわしい作品が選ばれるわけであり、これだったら確かにドラマを作りやすかったのだろう。

ドラマの方は、テレビ東京系で『水曜シアター9 横溝正史ミステリ大賞テレビ東京賞受賞作「テネシーワルツ〜甦る昭和の名曲に隠された愛と憎しみの殺意! 二つの戦争に翻弄された母と子の驚愕真実」』というタイトルで、2010年2月17日に放送されている。主人公の尋子役は高島礼子で、孝之の義理の母親かつ馬渕の婚約者という設定である。粗筋を書いているところがあったので見てみたが、原作から設定を借りているだけで、中身は大きく異なっている。結局安いシナリオに箔を付けたかっただけで終わっていた。