平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

典厩五郎『探偵大杉栄の正月』(早川書房 ハヤカワ・ミステリワールド)

探偵大杉栄の正月 (ハヤカワ・ミステリワールド)

探偵大杉栄の正月 (ハヤカワ・ミステリワールド)

大逆事件の判決が下ろうとしていた明治44年正月。出獄したばかりの大杉栄は、素寒貧のため大富豪婦人の失踪事件の調査を引き受けた。動き回っているうちに、何者かが東京各所にペスト菌をばら撒き、陸軍がその跡を密かに放火殺菌しているという謎の事件を嗅ぎつける。風前の灯火の同志の命を救わんと、帝都を揺るがす二事件に挑戦するアナーキスト大杉栄。その瑞々しい探偵ぶりを描く傑作歴史ミステリ。(粗筋紹介より引用)

サントリーミステリー大賞・読者賞受賞作家が構想・執筆に十年を掛けた書き下ろし。以前書いた短編を長編化したもの(とはいえ、似ても似つかないものになったとは、本人の弁)で、2003年10月発売。



買うだけ買ってほったらかしにしていた一冊。読む気はあったのだが、表紙が気持ち悪くて何となく避けていた(って違うだろ)。

関東大震災後の混乱時に憲兵隊に虐殺されたことで有名なアナーキスト大杉栄を主人公にしたミステリ。素人探偵が失踪事件の謎を追っているうちに、時の首相桂太郎なども巻き込んだ事件を嗅ぎつけるというハードボイルド。とはいえ、大杉栄が全然格好良くないのは困ったもの。事件関係者の女性にデレデレしているところなど、アナーキストのイメージから大きくかけ離れたもの(勝手な決めつけかも知れないが)。

失踪事件の謎、ペスト菌ばら撒きの謎も、真相を知ればそれほど意外なものではないし、面白いものでもない。この程度のことでここまで振り回されるのか、という印象もある。大逆事件で死刑判決を受けた幸徳秋水らを救おうと動きまわるのも、どこか真剣みが感じられない。

当時の偉人、有名人らがこれでもかとばかり出てくるのは特筆ものといってもいいだろうか。これだけの人数を、紹介することばかりに振り回されず、物語を動かしたのは大したもの。とはいえ、物語にほとんど関係ない人物まで登場させ、背景を説明するものだから、流れが途切れてしまったなと思うところが何ヶ所もあった。

明治末期の混乱した日本を、何十人もの人物を通すことで描いたのは実力がなせる業であろうが、それ以上の物語の面白さがなかったのが残念な作品である。