平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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逢坂剛『斜影はるかな国』(講談社文庫)

斜影はるかな国 (講談社文庫)

斜影はるかな国 (講談社文庫)

一九三六年に勃発したスペイン内戦に身を投じた日本人義勇兵がいた。その名はギジェルモ・サトウ。彼はどんな使命を担っていたのか。謎を追ってスペインに渡った通信社特報部記者・龍門二郎はギジェルモを巡るラビリンスへと迷い込む。その目の前で暴かれていく意外な事実とは。迫力の長編サスペンス。(粗筋紹介より引用)

1990年2月14日〜1991年3月2日まで朝日新聞夕刊連載。1991年7月、朝日新聞社より刊行。



逢坂剛お得意のスペインもの。今回は二つの物語が平行して書かれていく。一つは、マドリードに留学中の花形理絵が殺人事件に巻き込まれる。被害者が反政府のETA(バスク祖国と自由)と関わりがあったことから、治安警備隊内部に組織されたCEIAT(反テロ特捜隊)とETAの争いに巻き込まれていくもの。もう一つは、通信社特報部記者・龍門二郎がスペイン内線にいた義勇兵のその後を追ううちに、自らの過去と接点を持つことを知り、さらにかつて愛した女性と再会することによるロマンスを通しながら、意外な真実が目の前に現れていくものである。

二つのストーリーが途中で重なり、物語は1936年のスペイン内戦時に隠された金塊の謎をも巻き込んでめまぐるしく変化し、登場人物たちを容赦なく翻弄する。

スペイン内戦から現代までのスペイン史を包括した舞台背景。時代に隠された謎に翻弄される人たちの造形。己の正義と自由を信じて動き回る者たちの内面。謎の義勇兵たちの意外な正体。様々な謎と、時代の重みを重ね合わせながら繰り広げられるサスペンス。いずれをとっても一級品である。それら一級品の要素が巧みに重なり合っているのだから、素直に傑作と称するしかない。

新聞連載のせいもあるかもしれないが、盛り上がるべきサスペンスの部分が短いスパンでこれでもかとばかりに並び立てられている。それでいて、その盛り上がりに食傷することない仕上がりになっているのも、作者の巧みな綱裁きといえよう。結末も、大演奏の終わりの静寂に匹敵する、素晴らしい余韻に浸ることができるものである。

主人公ばかりでなく、脇役もしっかりと書き込まれているのが嬉しい。フラメンコ・ギタリストの風間新平など、もう一度会ってみたいキャラクターである。

ヒロインの一人、花形理絵は『十字路に立つ女』のヒロイン。名前だけではあるが、逢坂剛のシリーズキャラクターの一人である岡坂神策が登場するのは、ファンサービスであろうか。

逢坂剛のスペインものは外れがなく、いずれも素晴らしい仕上がりであるが、本作も傑作の名にふさわしい一品である。なーんて、今頃書かなくてもみんな知っていることだろうが。