平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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多島斗志之『聖夜の越境者』(講談社文庫)

アレクサンダー大王の末裔が住むというアフガンの秘境を、二人の日本人学者が学術調査した。二年後、一人がアメリカで変死し、七年後、もう一人が突然失踪した。KGBのおびき出しにひっかかったらしい。背後にはソ連軍アフガン侵攻の真の理由が隠されていた。“一粒の小麦”をめぐる超大国の壮絶な死闘!(粗筋紹介より引用)

1987年3月、講談社より刊行された作品の文庫化。



1979年12月、ソ連アフガニスタンに侵攻した。そして1989年2月15日の完全撤退まで、ソ連は世界中から非難を浴び、そして何の成果も得ることができず、ただ10万人以上もの兵士と膨大な軍事費を注ぎ込むだけの結果に終わった。ソ連はなぜアフガニスタンに侵攻したのか? 幾つかの理由が挙げられているものの、これといって明確な結論はまだ出されていない。

多島斗志之は本書で、ソ連アフガニスタンに侵攻した「真の理由」を明示し、“一粒の小麦”を巡るアメリカとソ連による諜報と謀略の争いを書き記している。この「真の理由」は、ソ連の最大の弱点を解消するものであり、アフガニスタン侵攻と絡ませた作者の構想力は見事というしかない。冷戦時代のアメリカとソ連のやり取りをリアルに再現し、互いに裏をかこうとする謀略戦は読者の目を引きつける。この大国間のゲーム、歴史の裏舞台を自在に操る作者の筆は絶好調といってよい。

ただ、国の思惑を描くことに重点を置いてしまった分、登場人物の印象がやや薄くなってしまっていることは否めない。個人の想いなど、大国同士の争いの前にはちっぽけすぎるものなのだろう。だからこそ、登場人物の哀れさを、もっと書きだしてほしかったところである。

作者のレベルの高さを確認できる一冊である。ただ、もう少し書き込んでほしかったという思いがあるのも事実である。