平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

深谷忠記『毒』(徳間書店)

毒 poison

毒 poison

柳麻衣子は滝山健仁病院脳神経外科病棟に勤めている看護士。10日前に運ばれてきた脳梗塞の患者、松永祥男という虫酸が走る患者がいるため、最近は出勤が億劫である。松永は他の患者に暴言を吐く、看護士に性的嫌がらせをする、そして妻を奴隷のようにこき使って暴力を振るうなど、周囲の誰からも嫌われていた。病棟である日、筋弛緩剤がのアンプルが盗まれた。警察の捜査でも、犯人は見つからなかった。そしてとうとう、松永が殺害された。死因は筋弛緩剤を注射されたことであり、容疑者として医者の高島真之が逮捕された。真之は麻衣子の恋人で、しかも数日前には看護士へのセクハラを巡り松永と喧嘩したばかりであった。しかも真之は中学校当時、松永の息子とシンナー遊びをしていて、息子が事故死したという過去があった。



本書は二部構成。第1部「伏流」は、事件が起きるまでの登場人物による様々な想いと背景が書かれている。その丁寧な描き方は、サスペンスを盛り上げるのには非常に有効である。特に松永の描写は、本当に嫌われ者そのものであり、こいつなら殺されても仕方がないと思わせるものである。ややステロタイプな描き方ではあるが。

逆に第2部「湧出」は、殺人事件が起きてから解決までである。第1部がかなりゆっくりとした時間の流れを書いていたのに対し、第2部はかなり急スピードの展開。確かに第2部の展開は、次々と起きる「衝撃の事実」を描くためには必要であるスピードなのであるが、第1部に慣れきった身にはややとまどいを覚えてしまう。セカンドギアでゆっくり走っていたのに、いきなりトップギアに入れられると、車は振動するし、同乗者は車に酔ってしまう。そんな心地の悪さが、この作品にはある。

第2部の仕掛けはありきたりの手法なれどよく考えられているものであり、どんでん返しに慣れた読者でも作者の狙いを最後まで読み切るのは難しいだろう。

設定も謎も仕掛けもいいのに、途中の描き方を間違えてしまった、勿体ない作品。