平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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打海文三『時には懺悔を』(角川文庫)

時には懺悔を (角川文庫)

時には懺悔を (角川文庫)

佐竹は、数年前に退社した大手の探偵社アーバン・リサーチの元上司・寺西に頼まれ、探偵スクールのレディ−ス一期生・中野総子の代理教官をすることになる。その日の実習は、やはりかつての同僚・米本の探偵事務所に盗聴器を仕掛けることだったが、事務所に忍び込むと、そこには米本の死体が転がっていた。佐竹は中野を助手に、米本が殺された謎を調査していくが、やがて過去に起きた障害児の誘拐事件の真相に迫っていくことになる……。

濃密な親子の絆を描く、感動の物語。大傑作ミステリー!(粗筋紹介より引用)

1994年9月に書き下ろされた単行本の文庫化。『灰姫 鏡の国のスパイ』で第13回横溝正史賞優秀作を受賞しデビューした作者のブレイク作。



表向きの主人公は佐竹であるが、実質的な主人公は明野新(9)である。脊椎にひどい損傷を負って生まれた二分脊椎症。背骨は90度も折れ曲がり、両下肢機能は全廃。しかも髄液が異常に溜まって脳の発達を妨げる水頭症にもかかっている。視力はほとんどなく、手も使えず、言葉も話せない。父親である明野哲夫が育てている。この哲夫と新の生活や二人を取り巻く環境などが細かいディテールで描かれている。ここまで描かれたら、彼らを愛するしかない。もう反則だよ、これは。感動するしかないじゃない。ハードボイルドだけど、ヒューマンドラマに近いといった方がいいかもしれない。もちろん物語の構成力と描写力が優れているから、素直に感動することができるのである。ただ実際にあった話を引き写しするだけでは、人の感動は得られない。

ただ、聡子の描き方にはちょっと疑問があるかな。純粋無垢な障害児に愛情を抱いてしまうのは有り得る話だけど、育てるとなるとそんな簡単にはいかないと思うけれどね。まあ、別れた子どもがいるという設定だから、意気地の大変さは分かっていていっているのだろうと思うけれど。自分には哲夫みたいな覚悟はないから、ついこんな事を考えてしまう。
新の生活を追っていくうちに、殺人事件の真相なんてどうでもいいと思ってしまうけれど、もちろんそうはいかない。殺害された人間にだって生活はあったわけだし、殺人は罪だ。そのことにも、作者はきちんとした回答を与えてくれている。

ということで、素直に読んで感動すればいいんじゃないかな、これは。もちろん、あざといと感じる人がいるかもしれないけれど、それはそれで一つの感想だから否定はしない。ただ、自分は感動したよ、と言いたいだけのことである。