平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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薬丸岳『闇の底』(講談社)

闇の底

闇の底

少女を犠牲とした性犯罪が起きるたびに、かつて同じような性犯罪を犯した前科者が首なし死体で発見される。サンソンと名乗る者からの犯行声明文とともに、首切りシーンを写した映像が警察、マスコミに送られ、日本中が騒然となった。少女殺人事件を追っていた刑事の長瀬は、父親のような存在である藤川管理官の要請で、サンソン事件の捜査に加わることとなる。かつて幼い妹を殺されたことがある長瀬は、当時の犯人と同じ境遇を持つ前科者を殺害していく人物を捜査することに迷いを見せ、内なる怒りを隠せなくなる。果たしてサンソンの行為は正義なのか、それとも……。

『天使のナイフ』で乱歩賞を受賞した作者の受賞第1作。



前作『天使のナイフ』は少年犯罪を取り扱った社会派ミステリだったが、本作品は少女殺害事件を取り扱っている。近年、特にクローズアップされてきている犯罪であり、タイムリーな話題でもある。とはいえただ時代に合わせた大罪を持ってきたというわけではなく、少女殺害事件という犯罪そのものに深く切り込みつつ、ミステリの形をしっかりと保った作品である。

少女殺害事件ではどうしても被害者やその遺族の悲しみ、そして加害者側の性癖・前科などが注目されてしまう。少年犯罪とは異なり、同情される立場、非難される立場がはっきりしているわけだ。普通だったら、そのような立場の人物や、犯人に怒りを覚えながら事件を追いかける刑事を中心に書けば、一冊の物語を仕上げることはそれほど難しいことではないと思う(もちろん、出来は別として)。しかし、罪を犯した加害者にもスポットを当て、押さえきれない性衝動や刑期を勤め上げた人物にも着目し、ある意味すべての立場を公平に書き上げるというのは、ノンフィクションならまだしもフィクションでは結構難しいことだと思う。登場する人物に感情移入しすぎることなく、あくまでミステリの枠内で物語を押さえた腕には感心した。

ただ、人物を綿密に描写することなく、ミステリとして成立させようとした分、逆に物語として呆気なさが残ってしまったことも確かである。結末については賛否両論があるかも。私はこの結末もありだと思っているが、読者によっては肩すかしを食らった気分になるかもしれないし、もっと書き込んでほしかったと思う人がいるかもしれない。謎とストーリーのどちらも満足することができるようになれば、この作者は大ベストセラー作家になる。そこまではもう一歩という段階だろう。

犯罪ものを取り扱う場合、前にも書いたがどうしても片一方に感情移入しがちになる。そこをいかにしてセーブするかといったバランスのよさを作者は持ち合わせている。あとはミステリとしてこだわるのかどうかといった部分を、どう物語に反映させるか。そこをクリアすれば、作者は大作家への階段を駆け上がることができると思う。

ちょっと色々と書いたが、私はこの作品、2006年度の収穫だと思っている。サンソンの感情、被害者遺族の感情、そして様々な刑事の感情が過不足なく描かれているし、少女殺害事件という犯罪へのアプローチも悪くない。サンソンの正体は予想がつくかもしれないが、動機や結末など、作者の企みを全て見破るのは難しい。読んで損はない作品である。