平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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黒武洋『パンドラの火花』(新潮社)

パンドラの火花

パンドラの火花

舞台は2040年……。刑務所や拘置所に収容されている犯罪者を減らすための、まず一番目の方法として採択されたのは、死刑制度が廃止される以前に確定していた死刑囚を減らすことだった。そんな死刑囚たちへ、最後のチャンスが与えられた。過去の自分を説得し、犯行を思いとどまらせる。期限は3日間。成功すれば未来が変わるので、釈放される。しかし失敗すれば、執行が待っている。3日間以内に元の場所へ戻らなかった場合は、こちらも死が待っている。家族6人や女性5人を殺した彼は、35年前に戻ることになった。



第1回ホラーサスペンス大賞受賞作『そして粛正の扉を』、次作『メロス・レヴェル』に続く第3作。前2作と同様、本作も世界はつながっているものの、前作を読まなくてもわかる設定になっている。

自分が過去に戻り、自分の未来を変えるべく行動するというのはわりとある設定だが、その主人公が死刑囚というのはありそうで実はなかった設定ではないか。期限が3日間と決められ、成功しない場合は死が待っているという設定は、タイムリミット・サスペンスとしてなかなかのものと思われる。前2作ほどではないにしろ、奇妙な設定を考えつくものである。作者のこの発想力は、もっと注目されてもいいと思う。

ただこの作者の場合、発想力を越える物語構成力に欠けているところが最大の問題である。途中まで帯に書かれている人物が主人公なのだが、展開がどうも早いので変だと思っていたら、本の真ん中であっさりと結末が出てしまい、次の章から別の人間が主人公に変わる。いったいどういうこと?、と思っていたら、次の章はまた別の人間が主人公。うーん、この手の設定だったら、ありきたりかもしれないが、主人公は一人に絞り、過去と現在の自分の心を丁寧に書いた方が読者の共感を得られたのではないか。『メロス・レヴェル』でもそうだったが、プロローグや第一章に出てくる主人公が途中で変わってしまうというのは、物語の流れをそぐものであるし、読者に肩すかしを食わせる結果にしかならない。

もちろんこの設定には理由があるのだが、その結末はつまらない。奇をてらいすぎて、かえって失敗したいい例である。設定そのものは奇想天外なのだから、物語の方はもう少しシンプルにすべきだ。次作があるのならば、そのあたりをもっと考えてほしいと思う。