平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

漂泊旦那の日記です。本の感想とサイト更新情報が中心です。偶に雑談など。

笹本稜平『最終標的 所轄魂』(徳間書店)

最終標的: 所轄魂 (文芸書)

最終標的: 所轄魂 (文芸書)

 

  贈収賄事件を追っていた城東署の強行犯捜査係長・葛木邦彦と、警察庁のキャリア組である邦彦の息子・俊史の父子。しかしあと一歩のところで黒幕の国会議員が射殺され、真相は闇に葬り去られてしまう。警察に政治家から様々な圧力がかかるなか、城東署管内で轢き逃げ事件が起こる。目撃者の証言により、事件はすぐに解決するはずだったが、容疑者が大物衆議院議員の息子と判明。捜査はまたもや警察VS.政治の様相を呈してきて……。(帯より引用)
 『読楽』2017年3月号~2018年3月号連載。2018年10月、刊行。

 

 葛木邦彦・俊史父子が凶悪に立ち向かうシリーズ第5作。前作『危険領域』で大物政治家に迫ったが……ということで本作では、次期入閣候補の大物衆議院議員のボンボン息子によるひき逃げ事件が発生。しかも相手はストーカーを続けていた相手だったということから、殺人未遂の疑いまでかかるも、政治家の圧力によって手を出すことができない、という状態。しかも俊史の上司で、葛木親子の後ろ盾ともいえる警察庁刑事局勝沼が警察学校の校長に異動させられる噂が流れてくる。はっきり言えば島流しといえるこの人事は、政界からの圧力ではないか。城東署や警視庁捜査二課が政治家父子を追うものの圧力はどんどん強くなり、有力証人は殺害される。
 笹本らしい展開と言ってしまえばそれまで。いつの間にか新しい証人や証拠が出てくる都合よい流れも相変わらず。まあ、それがテンポ良い流れになっているし、連載だからそれでいいのだろうけれど。大物がどんどん絡むのだから、所轄のメンバーなんかさっさと島流しにしてしまえばいいのに、なんて思ってしまうけれどね。
 まあ、なんだかんだ言っても楽しく読んでいるけれどね。最後の展開は、今回はうまいと思った。なるほど、そこに証拠があったか、という点で。


 お盆なので、夏季休暇に入ります。いつ復活できるかな(笑)。

月村了衛『土漠の花』(幻冬舎)

土漠の花

土漠の花

 

 ソマリアの国境付近で、墜落ヘリの捜索救助にあたっていた陸上自衛隊第一空挺団の精鋭たち。その野営地に、命を狙われている女性が駆け込んだとき、自衛官たちの命を懸けた戦闘が始まった。一人の女性の命を守ることは自分たちの国を守ることでもあった。絶え間なく降りかかる試練、窮地、想定外。無残な死にひれ伏すか? 紙一重の生を掴みとるか? 極限状況の中での男たちの確執と友情。人間としての誇り――。一気読み必至! 本年度最大の問題作。(粗筋紹介より引用)
 『パピルス』2014年2月号~2014年8月号に「ソマリアの血、土漠の花」のタイトルで連載。改題、加筆修正し、2014年9月、単行本刊行。2015年、第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞。

 

 『機龍警察』シリーズで人気作家となった作者の協会賞受賞作。ソマリアで活動していた自衛隊の一団のところへ、別の民族との争いで逃げてきた女性を助けたことで攻撃を受け、70km離れた活動拠点まで戻ることができるか、戦い続ける。
 現場の苦労を知らない政治家や市民活動家たちなどによって振り回されている自衛隊の在り方だが、彼らが命を懸けて活動にあたっていることは間違いない。しかし、正当に評価されていないことも事実だろう。とはいえ、本書の書き方はちょっと表層的というか。その気になれば、もっと問題点を浮き彫りにすることもできただろう。あえてエンタテイメントに徹しようとしたのか、やや軽い書き方になってしまっているのは残念だ。また逃走中の戦闘シーンも今一つ。人間関係のやり取りも、あえて感動的にしようというような描写となっている。あれだけの過去を抱えているのなら、もう少し闇の部分も書くことができたのではないか。結局助け合いました、だけではつまらない。それになぜ助けに来ないのか、という点が最後にさらっとだけ書かれている点も疑問。そりゃ当事者たちには背景などわからないだろうが、もう少し絡めることも可能だったのではないか。
 確かに一気読みできる作品ではあるが、テーマのわりに背景も内容も描写も軽さが残っているのが不満に思った。逆にその軽さが、一気読みできる要素を構成しているという気もするが。

犯罪の世界を漂う

http://hyouhakudanna.bufsiz.jp/climb.html

「死刑確定囚リスト」「死刑執行・判決推移」を更新。
 忙しいのだが、何もする気が起きない状態。空笑いだけがうまくなっている気がする。
 なんとか時間を取ることができたので、更新しました。今年はないと勝手に思っていましたが、他の重大事件や出来事に紛れてさらっと執行しましたね。再審請求中だったかどうかはわかりませんが、執行されても文句は言えない事件であったし、犯行に手を染めていること自体に疑いはない二人を選んだな、という印象。そもそも、もっと早く執行されていてもおかしくなかった二人だったとも言えるわけですが。

連城三紀彦『流れ星と遊んだころ』(双葉文庫)

流れ星と遊んだころ (双葉文庫)

流れ星と遊んだころ (双葉文庫)

 

  傲岸不遜な大スター「花ジン」こと花村陣四郎に隷属させられているマネージャーの北上梁一は、ある夜、一組の男女と出会う。秋場という男の放つ危険な魅力に惚れこんだ梁一は、彼をスターにすることを決意。その恋人である鈴子も巻きこみ、花ジンから大作映画の主役を奪い取ろうと画策する。芸能界の裏側を掻い潜りながら着実に階段を上る三人だが、やがてそれぞれの思惑と愛憎が絡みあい、事態は思わぬ展開をみせる――。虚々実々の駆け引きと二重三重の嘘、二転三転のどんでん返しが、めくるめく騙しの迷宮に読者を誘う技巧派ミステリの傑作。(粗筋紹介より引用)
 『小説推理』1997年6月号~1998年6月号連載。2003年5月、双葉社より単行本刊行。2014年2月、文庫化。

 

 連城らしい、凝った作品だなというのが読み終わったときの感想。主な登場人物は北上梁一、秋葉一郎、柴田鈴子の三人。華やかな芸能界の裏側にある、虚々実々な駆け引き。映画界の新たなスター誕生に隠された真実。
 これがなんとも読みにくかった。いや、文章自体はうまいんだけど、登場人物が嘘つきばかりで騙しあっている。さらに一人称になったり三人称になったりと入れ替わる意図が最後になるまでわからなかった。終盤になって思わずあっと叫んでしまい、さらに騙されてしまうのは、作者ならではの巧みさだろう。ただ、個人的にはちょっと苦手。
 なんか、芸能界という虚構の輝きを、さらに嘘で塗り固めて仕上げた作品。ちょっと回転させると変わってしまう万華鏡のような作品。ただ、作者の技巧を知っていないと、鬱陶しいと思ってしまうんじゃないかとも思ってしまった。

北重人『夜明けの橋』(新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

夜明けの橋 (新潮文庫)

 

  首都建設の槌音が響く江戸の町。名の聞こえた武辺の人でありながら、訳あって脱藩した父を持つ宗五郎は父の死後、町人となり刀の目利きで生計を立てていた。ある日、父の旧知へ刀を届ける道中、行く手を不穏な侍たちに囲まれる(「日照雨」)。日本橋建設に紛れ込んだ少年吉之助が、蠢く時代の中で見たものとは(「日本橋」)。移り変わる世にあって、運命に挑む群像を捉えた連作短編集。(粗筋紹介より引用)
 「日照雨」「梅花の下で」「与力」「伊勢町三浦屋」「日本橋」の5編を収録。『小説新潮』2008年8月号~2009年8月号に断続的に掲載。2009年12月、新潮社より単行本刊行。2012年5月、新潮文庫化。


 かつて阿波蜂須賀家に仕え、浪人となった父と同様に刀の目利きをし、刀屋の伏見屋に婿入りして町人となった宗五郎。雨の中、刀を届けている途中で荷車をよけたとき、旗本奴の縹組の天野蔵人にぶつかってしまい、因縁を付けられる。「日照雨」。
 小田原北条氏が滅んだ後、江戸で炭屋となった澤井屋世右衛門。武士時代の仲間である菅九兵衛が訪れるも、髷は乱れ袴に血がついている不審な様子。戦国時代の昔話をしていると、さらに当時大道寺家で一緒に仕えていた當麻平三郎が訪れた。「梅花の下で」。
 元は武士で今は吉原の用心棒を務める大道寺三五郎は、火付盗賊改役の木次藤兵衛に頼まれ、最近世間を騒がしている火盗を捕まえる手助けしてほしいと依頼される。今回の件が首尾よくいけば、与力に推挙したいとのこと。武士の家の出で、元遊女の妻、おあんはいい話だと喜ぶ。「与力」。
 元は北条氏に仕えた武士であった三浦屋五郎左衛門は、北条氏滅亡後百姓になるも、重い年貢に耐えかね、江戸で商人となった。塩物を取り扱い、今では繁盛している。毎日のように変わっていく江戸の町を、五郎左衛門は筆で書き留めていく。『慶長見聞集』を遺した三浦浄心を扱った「伊勢町三浦屋」。
 十三の吉之助は、父が乱で討たれた後独りで江戸に流れ着いた。日本橋普請の現場にたどり着き、飯を食べさせてもらいそのまま働くこととなった。橋奉行の大工頭である用賀兵蔵に見込まれ、家来である犬養喜惣次に吉之助は使えることとなった。「日本橋」。


 いずれも開府間もない江戸の話を書いた連作短編集。作者の構想によると七編で完結する予定だったが、作者が急逝してしまった。江戸という町が急激に発展していく姿を描いた短編だが、それとは別にかつては武士だった者たちのその後の姿を描いた作品集でもある。戦国の時代が終わり、新しい時代を築こうというエネルギーが溢れる作品が多いが、武士を辞めた者たちの悲哀を描いた作品もある。そのどちらもが、江戸という町に包括されていたのだろう。新しい時代へ進むものと、残されるもの。その味わいが作品世界を彩っている。
 一番好きなのは、「日本橋」。建築家であった作者の知識が十分に生かされた一品だろう。橋づくりを描いた作品がほかにあるのかは知らないが、珍しいことは間違いないだろうから、長編でも読んでみたかった。
 どの作品も味わい深い。もっと作者の作品を読んでみたかった。