平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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葉真中顕『ロスト・ケア』(光文社)

ロスト・ケア

ロスト・ケア

一審で死刑判決を受けた「彼」は43人を殺害していた。彼はなぜ殺人に手を染めたのか。

検察官の大友秀樹は、総合介護企業フォレストの営業部長で、高校時代の同級生である佐久間功一郎の紹介で、実業家の父親を完全介護の老人ホームに預けた。

X県八賀市の羽田洋子は、重度の認知症となって暴れまくる母親を介護する毎日を地獄だと認識していたが、そんな母親は「彼」からニコチンを注射されて殺された。警察は自然死と判断し、洋子は母親の死に悲しみつつ、救われたと思っている自分に気付く。

フォレストが経営する八賀ケアセンターで働く若手社員の斯波宗則は、低賃金な老人介護の重労働に耐えつつ、老人介護に追いつめられた人々の苦悩を見て自分の父親が死んだときのことを思い出す。斯波と一緒に組んでいたうちの一人であるアルバイトのヘルパーは、最初こそ介護に生きがいを感じていたものの、疲れもあって徐々に元気が無くなり、遂には老人にセクハラをされたときに暴言を吐き、翌日には辞めてしまった。

フォレストが補助金を不正受給していたことが発覚し、社会的バッシングを受けて倒産。佐久間はその直前に顧客名簿を持ち出して会社を辞めていた。

2013年、第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。2013年2月、刊行。



作者はブロガーとして有名。2009年に『ライバル』で角川学芸児童文学賞優秀賞受賞。2011年より『週刊少年サンデー』に連載された『犬部! ボクらのしっぽ戦記』にシナリオ協力。

本作品は『ミステリが読みたい!』で第5位、『このミステリーがすごい!』で第10位、『週刊文春』の「ミステリーベスト10」で第14位となっている。日本ミステリー文学大賞新人賞でこれだけ評価されたのは、『太閤暗殺』を除くと初めてじゃないだろうか。

冒頭で43人を殺した「彼」に死刑判決が下され、事件に関わった羽田洋子、斯波宗則、佐久間功一郎、大友秀樹の4人の名前が出てくる。物語はそこから遡り、「彼」を含む5人を中心とした関係者の状況が書かれていくうちに、大量連続殺人事件の全貌が徐々に明らかになっていく。

本作品が注目されたポイントは、やはり老人介護・福祉行政の問題である。関係者にとっては今更かも知れないが、知らない人から見ると驚きの連続だろう。羽田洋子は思わず救われたと漏らしてしまうのだが、それも無理はない。現実でも介護疲れに伴う母親殺害の事件(執行猶予判決が付いたはず)があったが、まだまだ身近な問題として考えられていないのが現状だ。自分もいずれ年を取るというのを知っていながら。

それにしても犯人の問いかけは非常に明解だ。人を救うために人を殺す。これに対する答えがないのは非常に良かった。それは、我々が考えなければならない問題だからである。

ミステリそのものの仕掛けとしては非常に単純である。面白いなと思ったのは統計から事件をあぶり出すところであるが、それを除くと手法としてはありきたりとしか言い様がない。それを上回るのは、やはりプロットの良さ。一時期の乱歩賞が「お勉強ミステリ」と揶揄されたことがあったが、本作品が「お勉強ミステリ」に終わらなかったのは、物語としての面白さが高いこと。評判が良かったのも頷ける作品である。