平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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望月諒子『大絵画展』(光文社)

大絵画展

大絵画展

ゴッホの『医師ガシェの肖像』がロンドンのオークションで日本人に180億円で競り落とされた。バブルがはじけ、絵画は銀行の債権の担保として押収され、倉庫の奥深くに眠っていた。

両親に借金をしながら東京でデザイナーをしていた大浦荘介。銀座のホステス時代の借金1000万円を踏み倒し、今は場末のスナックのママをしている筆坂茜。ともに詐欺に遭い、舞台となった空っぽの事務所で鉢合わせ。そこへ現れた、茜の店の客である銀行員の城田が、絵画強奪の計画を持ちかける。それは、銀行が不良債権の担保として取って倉庫に眠る『医師ガシェの肖像』を盗み出すことだった。その絵はコンテナに入っているのだが、探す時間がないので、2つのコンテナ毎盗み出すことに。しかし2つのコンテナには、同じく担保になった世界の名画135点があり、総額は約2000億円に上った。

2010年、第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。2011年2月発売。



作者は2001年、『神の手』を電子出版で刊行しデビュー、その後集英社文庫化されており、他にも数冊出版されている。

最初に「ポール・ニューマンロバート・レッドフォードに捧ぐ」とあるため、コンゲームの代表的な映画『スティング』を意識していると思われる(といっても、映画を見たことはないのだけれども)。

『医師ガシェの肖像』は1990年5月15日、ニューヨークのクリスティーズでの競売で大昭和製紙名誉会長の齊藤了英に、当時史上最高落札額の8250万ドル(当時のレートで約124億5000万円)で、競り落とされた。斎藤は「自分が死んだら棺桶にいれて焼いてくれ」と発言し、世界中から顰蹙を買った。1996年の斎藤の死後に行方不明になったが、実際は1997年にサザビーズが非公開でオーストリア出身のアメリカのヘッジファンド投資家ウォルフガング・フロットルに売却していた。2007年1月、フロットルが破産後、サザビーズがこの絵を引き取ったことで所在が明らかになった(Wikipediaから引用)。

そんな曰く付きの絵画を盗み出すというプロット自体は悪くない。ただ、序盤はそれぞれの登場人物の事情にページを費やしていて、はっきり言って退屈。中盤から荘介と茜による絵画強奪が行われるが、こんな簡単に盗めていいの、という不可解さが残る。ド素人による実行だし、どこかでしくじりそう。さらに、警察に捕まるような証拠を残さなかったというのが不思議なくらい。首をひねりながらの中盤を過ぎると、思いもよらぬ展開が待ち受けていて悪くない。ここだけはよく考えたな、と言えるところ。特に「大絵画展」の意味がわかるところは秀逸だ。頭の中に絵が浮かんできて、思わずニヤニヤしてしまった。ただ、真相が明かされた後の冗長なところは、せっかくの余韻を打ち消すマイナスポイントである。

絵画を手に入れる手段が力業による強奪であるため、コンゲームと謳われているのには首をひねるところがある。読み終わってみると、どこかで読んだような既視感もある。絵画に関する蘊蓄がやや過剰で読みにくい。バブル時代の日本のマネーゲームについては、もっと掘り下げることも可能だっただろう。登場人物の書き分けも今一つで、ごちゃごちゃしている。ただ、最後にちょっとした人情話になるところは読後感が良くなる。最後の「大絵画展」はイメージすると実に楽しい。

キャリアのある人なので、「新人賞」という肩書きがふさわしいかどうかは疑問だが、それなりに楽しく読むことはできた。