平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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山本甲士『ノーペイン、ノーゲイン』(角川書店)

ノーペイン、ノーゲイン

ノーペイン、ノーゲイン

八戸虎男は大学中退後、兄・竜男が経営する鍵屋を手伝っているが、商売が今一つであるため、解錠の技術を使って過去に2回事務所泥棒を行っていた。竜男が病気で入院し金が必要となったため、虎男は狙いを付けていたフィットネスクラブに忍び込む。手提げ金庫を盗んだが、警備員が来たため階段から突き落として逃走。そのとき、数人の学生に目撃されてしまった。やせ形な体格を変えるため、虎男はトレーニングジムに入会。数ヶ月で筋肉質な身体になり目的は達成されたが、フィットネスクラブで盗まれた金額が420万円と聞きびっくりする。金庫には20万円しか入っていなかったのだ。ジムが改築で休業する間、虎男はフィットネスクラブに入会して探り、上前をはねた奴の目星を付け、400万円を頂くことにした。

1996年、第16回横溝正史賞優秀作受賞。同年5月、単行本化。



三部構成でそれぞれ語り手が別となっている。一部は被害者である八戸虎男。二部は虎男のジムの指南役であり、探偵役となる与賀。そして三部は犯人が語り手である。一部で犯罪小説と思いきや、二部の冒頭で虎男がフィットネスクラブで事故死する意外な展開。不審を抱いた与賀が、同級生でありクラブ会員でもあるニューハーフの神園真澄と調査を進める。そして三部では、アリバイもあって完璧と思い込んでいた犯人に災難が降りかかる。

動機だけを見るとありきたりな事件と言えるのだが、舞台がフィットネスクラブという点と、やはり構成に工夫を凝らした分、楽しく読むことができた。肉体改造の理由付けについてはお見事と言いたい。ただウェイトトレーニングに関する蘊蓄部分は、三人称ならまだしも、一人称で説明調の文章を読まされるのは小説としても相当の違和感があった。しかもそれが結構長く、読者を引き込むほどのテンポで書かれていないため、はっきり言って退屈だった。蘊蓄を語るならせめて会話の中にしてほしいものだ。そして選評で森村誠一が指摘しているが、犯人が取った手段に難点がある。こればかりは森村の言う方が正しく、犯人が望むような成果は得られないといっていいだろう。他の委員は指摘していないが、これは大きなキズと言ってよい。

結末があっさりしていたため単行本化に当たって改稿したとあるが、いったいどこまでが改稿部分なのかはちょっと不明。欠点もあからさまに見える作品であり、優秀作で終わったのはそれが理由の一つであったからだろう。