- 作者: 高尾佐介
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1997/04
- メディア: 単行本
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旅館に戻った指月は民代と再会。民代はシエラ・グランデという村で発掘している古代神殿の跡でプレ・インカ時代の墓に通じる入口を見つけたため、民代を発掘責任者へ抜擢したアンデス考古学の世界的権威・スアレス博士に指示を仰ぎに来ていた。スアレスは発掘を支持し、民代は村へ戻る予定であった。しかし遺跡の副葬品を売って闘争資金とするために、近年は発掘品を狙っていた。民代は指月へ一緒に来てほしいと懇願し、二人は遥か数百キロ離れた村へ行くこととなった。
一方、クーデターで権力を失った白人実力者の一部は、フジモリを倒して白人支配を取り戻そうとある計画を立てており、それはもう実行直前まで進んでいた。
1997年、第14回サントリーミステリー大賞読者賞受賞作。加筆して1997年4月に単行本化。
冒頭の「著者前書き」にある通り、ペルー日本大使公邸がMRTAに襲撃されたのは1996年12月18日のこと。すでにこの作品は最終選考に残っており、その偶然性に驚いたことが書かれている。本作品はペルーを舞台とし、フジモリ大統領やセンデロ・ルミノソの創始者アビマエル・グスマンといった人物が実名で出てくる。ペルーの政情が重要な背景となっている以上、下手に名前を変えるとかえってあざとさを感じしてしまうだろうから実名を使うこと自体には問題がないと思える。ただ、作品の面白さが実在の世界や人物に寄りかかってしまうと問題なのだが、本作品の面白いところはその実在部分であるから困ったものである。
現地の新聞記者が現状を調査するまでは分かるのだが、いくらなんでも偶然知り合った考古学者へくっついてリマを離れるという展開は取材の範疇を超えており、さすがに無責任すぎ。さらに発掘作業とフジモリ大統領爆殺計画がいつの間にかリンクしてしまうところは、どう考えても都合がよすぎる。発掘作業からのくだりははっきり言って邪魔であり、新聞記者が独力で爆殺計画を突き止めるストーリーにした方がよっぽど説得力があり、ストーリーに筋道が通ってくる。主人公が古武道を使えるという設定も、ピンチの時に不思議な技を使える程度の都合よさしか感じられない。
先にも書いたが、この作品の面白いところはペルーの実情を書いた部分。特にフジモリ大統領クーデターに関する通り一遍な視点だけではなく、実際の国民からの視点というものを書いて対比させている部分は面白かった。名ばかりの民主主義で腐敗とテロにまみれた社会よりも、社会を一新する強いリーダーを求める民衆を描いたくだりはなるほどと思わせた。この辺は新聞記者ならではの視点であったと思われる。バカのように民主主義、人権尊重を繰り返す部長とのやり取りは思いっきり笑わせてもらった。ただ、面白かったのはそこだけだった。
タイトルに出てくるアンデスの十字架の謎も期待外れだし、この作者には物語の創作力に欠けていたとしか思えない。実在の舞台の解説をふんだんに盛り込まないと、小説は書き続けられない人だろう。そんなことを考えてみながら調べてみても、この作者、これ一冊しか書いていない。執筆当時は東京新聞記者を経てフリーとあるが、1950年生まれとあるからまだまだ老け込む年でもあるまい。今は一体何をしているのだろうか。