平穏無事な日々を漂う〜漂泊旦那の日記〜

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有吉佐和子『開幕ベルは華やかに』(新潮社)

開幕ベルは華やかに (1982年)

開幕ベルは華やかに (1982年)

松宝演劇専属の大女優八重垣光子と大物俳優中村勘十郎が競演する舞台の劇作家兼演出家加藤梅三が上演一ヶ月前なのに理由を告げず降板した。慌てた興業主の東竹演劇は新進劇作家小野寺ハルに脚本を依頼。ハルは元夫であり、かつては名演出家、今は推理小説家の渡伸一郎が演出することを条件として出した。渡は断るつもりであったが、結局引き受ける羽目になる。

川島芳子をモデルとした「男装の麗人、曠野を行く」の脚本はできあがったが、長すぎる脚本を大幅に削った渡とハルとの間に諍いが生じる。稽古の日数はごくわずか。しかも主役の二人はどちらも70過ぎ。ハルはどんどん不安になっていくが、舞台の幕が開くと光子の芝居が評判となり、連日満員の観客を動員した。様々な障害を乗り越えての上演にホッとする関係者たち。

光子が文化勲章を受章することが発表される日、帝劇の支配人宛に脅迫電話がかかってくる。2億円を払わないと、舞台の大詰めで光子を殺すというものだった。そして一幕が降りたところで、客席の女性が殺害された。

1982年書き下ろし。『週刊文春傑作ミステリーベスト10』1982年度第8位(当時は国内と海外が分かれていなかった)。



作家、劇作家、演出家として知られる有吉佐和子、最後の書き下ろし長編。華やかな演劇界と反比例するようなドロドロとした舞台裏が描かれているが、これは作者の経験によるものだろう。

文春でベスト10内に選ばれるなど、ミステリとして一級品の扱いをされているが、作者としてはどこまでミステリとして意識していたかは疑問。作者が描きたかったのはあくまで華やかな演劇界の舞台裏、偉大なる女優の舞台魂と周囲を取り巻く人々の建前と本音であろう。脅迫電話や殺人なども、全ては八重垣光子という女優を物語の中で光り輝かせるための道具立てに過ぎない。だから物語の中盤を過ぎないと事件が起きないとか、謎解きがあっさりしているとかなどは的外れの批判ということになる。

この作品は、エキセントリックな大女優八重垣光子の栄光と内面、彼女を批判しつつも結局は彼女の思い通りに動いてしまう周囲の心情を丁寧に書き記している。どれだけ舞台裏が醜くても、いつも開幕ベルは華やかに鳴らされ、観客はただ輝かしい芝居を見て拍手をするばかりである。そしてこの本の読者は、そんな世界を隅々まで書き記した作者に驚嘆するのである。